決まりゴト
今朝は
「先生は何時に起きるんですか?」
と聞かれました。
「今日のこと、たとえば人に合う、ヨーガをするとか…。そこへの捧げ出す準備時間を配分すると
目覚める時間が決まるので、ぜーったい◯時に絶対起きる!っていうのとちょっと違うんですよ。」
「ひととおりに配分しないと、不公平で分けまいが少ないと文句が出るのでまんべんなく、します。
するとだいたいいつも同じ頃になりますよ。」
と答えたのでした。
心に浮かんだのはこの詩(うた)。
人は法(決まり事やルール)を作って喜ぶ。
けれど、破ることももっと喜ぶ。
海で遊ぶ子供たちが砂の城を長い時間をかけて作り、それを壊して喜ぶようなものだ。
子供と海は知っている。
砂の城を作っている間も海は砂を運ぶから、壊すとき、海も一緒に笑い声をあげる。
そこには罪も嘘もないから。海は罪なきものと一緒に笑う。
けれど人生が海でない人がいる。
人の法が砂の城でない人がいる。
そんな人の人生は岩である。
そんな人の法はノミで、似姿を掘りだそうとする。
たしかにみんなみんな 友人である陽の光を浴びて立ってはいるが
彼らは太陽に背を向けている。
彼らには自分の掘りだす影しか見えず
その影が法になる。
彼らにとって太陽は。影を作るものでしかない。
だから彼らは 法を知っているということは 身をかがめて地面に自分の影をなぞることでしかない。
(偉大な詩人の言葉より)
私たちは太陽に向かってゆこう♪
太陽に向かう者は地面にできた影にとらわれたりはしない。
風と共に旅をする者は風見鶏に方向をたずねたりはしない。
影はあるよ。ヒバリに唄うなと命じることはできないと詩人は言う。
そう、影はある。共に生きていることに関わっている一部として。
太陽とともに影は短くも長くもなる。
さあ、適応の、適合のヨーガへ向いましょ♪
Tryambakam Yoga Center
tomoko..