ー出来事編ーこのところのインド。ああ、今日はシヴァーナンダさんの誕生祭っ

インドはリシケーシ、タッポヴァンで、アーシュラム『マンガラン・ヨーガ・ピート』をきりもりして5年。川崎あき子先生よりリシケーシの「今」が風のふくまま思うままに届きました。
「シヴァーナンダさんのお誕生日、そちらはどんな様子ですか?」の質問に
風が届いたあ。
以下本文です。
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私はこの数日水道管を新しく引くことですったもんだし、もう日本に帰ろうかと思ったほどクタクタです。水道局の許可を得て自分のお金で引いたにもかかわらず、総村人から総スカンを受けてもう殺されるかもしれないと思ったほどです。ある人曰くこの地域の人は人の不幸を喜び、人がハッピーだと面白くないのだそうです。まだ完全には解決しておらず新しい水道管からはまだ水は供給されず昨日も昨日も断水しました。洗濯物はもう3日間洗濯機に漬かったままです。顔や手を洗った水も流さずマグに受けて、エアコンから出る水も溜めてトイレ用に使っています。
水道管問題の前から使用人問題があってこの一ヶ月で2回人が変わりました。”怪物インド人”という本のほかに”インド、お手伝いさん事情”という本も書けそうです。結局今は3度目の正直になるか、2回夫婦で雇った人たちの妻の方にだけ通いで来てもらっています。夫はアル中を止める気がないのでもう雇いません。時々何か手伝ってくれても現金は渡さないつもりです、飲むことはわかっていますからね。
『今日はグルデーヴシヴァーナンダの124回目の誕生日でした。
いつもリシケーシに、そしてシヴァーナンダアーシュラムに思いを寄せている方々に何かご報告できるものがあればよいのですが「ワーッ!」というほどのものはありません。
私は個人的にはサニヤシンの、しかもこの世にいない方の誕生日までお祝いするのは解せないのですが、これはその方のためでなく、祝う私たちのためなんですね。そう考えると納得できます。
誕生日に限らず、アーシュラムの行事は聖人たちの偉業を思い起こし、心の穢れを掃除し、日常を振り返るのにはとてもよいと思います。たとえ聖地と言われるところにいても俗世にだけ浸っていると心が曇ります。余談ですが心が平穏でいるには日本で生活する方がよほどマシです。
今日はグルデーヴの誕生日のために遠くから来ている信者さんもいてサマディシュラインでのプージャ、特別サットサンガは参加者が外にはみ出すほどでした。この日にあわせて上梓された本も数冊紹介されました。
お昼はもちろんバンダーラ(振舞うこと)。今日はエカダシだったので(断食します)ライスはありませんでしたが、7品目もあってどれもおいしかったです。
夕方はグルデーヴクティールのサットサンガに行きました。にぎやかにグルデーヴの歌がメドレー式に流れるだろうと期待していましたがささやかなものでした。ひとつはまだ雨季、大雨で浸水するのを警戒してまだ放送器具がはずされたままなのでマイクがないことと大勢の人たちはシヴァーナンダガート(郵便局の下)で行われた特別アーラティに流れたのでしょう。』
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「怪物インド人」
「インド お手伝いさん事情」
はベストセラーではないでしょうか?
神聖なのか、怪物なのか、厳しいのか、悠長なのか、怠け者なのか、気づきの人種なのか・・・
興味のある人々との生々しいあき子さんストーリは・・・そうして暮らされている日々のあき子さんに拍手喝采ですっ。
















