ー本の紹介ー『シヴァーナンダ・ヨーガ』(善本社 成瀬貴良編訳)

愛と奉仕に生きた聖者の教え
『シヴァーナンダ・ヨーガ』
9月8日のシヴァーナンダさんの誕生日の日、
シヴァーナンダさんの生まれた時の話をお伝えしました。
今回は少年時代を、『シヴァーナンダ・ヨーガ』より紹介です。
(毎回きりの良いところまでを紹介しますので、興味を持たれた方は「シヴァーナンダ・ヨーガ」をお読みください。)
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前回のつづきです。
(9/8のブログです)
両親は生まれたばかりのクップスワミ(のちのシヴァーナンダ)をアッパヤ・ディクシタールの生まれ変わりだと直感しました。クップスワミはそれを証明するかのように、父親が行うプージャ-に強い関心を示し、とくにキールタンは小さなクップスワミを魅了しました。
少年時代
クップスワミは幼い頃から、遊行中の聖者に施しをすることや、人に物を分け与えることに歓びを感じていました。母親からお菓子をもらったときなどは、使用人や恵まれない人たちのところへ飛んで行ってはいつも分け与えていました。カラスやスズメ、牛などの動物たちも、彼が食べ物を差し出すと、手の中のものでも安心して食べたといいます。
とくに貧しいものに対する憐みの心は強く、祭りの日などには新しい服などを気前よく彼らに施しました。ある日、それを見つけた母親がクップスァミに尋ねました。
「クップ、お前のためにせっかく新しいドーティ(インドの男性用民族衣装)を買ってやったのに、人にあげてしまったのかい」
クップスワミは答えました。
「はい、でもお母さん、あの人を見てください。あんなにうれしそうに着てくれています。僕よりあの人のほうがずっと必要としているのです」
彼は1度習ったことは忘れることがなかったといいます。学校の成績も優秀で、しかもスポーツ好きの快活な少年でした。
こんなエピソードもあります。近所の子供たちと一緒に遊んでいるとき、一人の老婆が道を渡ろうとして転んでしまいました。それを見た近所の子供達は皆大笑いしましたが、クップスワミは厳しい口調で笑うのをやめさせ、自分たちもやがては年老いてゆくこと、困った時は誰でも助けるべきであって、笑ってはいけないことを教えたといいます。
クップスワミはまた冒険好きな子供で、時どき両親に心配をかけることがありました。
朝のプージャーの時間に彼の姿が見えないことがありました。心配する母親に、父は夜のプージャ―には戻るだろうと慰めます。実はこのときクップスワミは家から20キロも離れたカズグマラ寺院に行っていたのです。家では、夜のプージャ―の時間になっても、寝る時間になっても帰ってこないクップスワミを心配していました。夜遅くになって、彼はようやく済まなそうに帰ってきました。話を聞いた母親は何か食べるものを作ろうとしますが、彼はその日は何も口にしていなかったにもかかわらず、まったくおなかが空いていないと言い、母親を不思議がらセました。
1901年、14歳のときには、マドラスの偉い役人を迎えることになり、学校代表に選ばれてスピーチ役を務めることになりました。クラマプラム駅に役人を迎えたクップスワミは、大勢の人達を前に堂々と歓迎の挨拶を述べ、歌もうたいました。学校で年に1度行われる表彰式ではよく、シェークスピア全集やマコーレーの演説集や著作集などをもらいました。
つづく。。。。
次回は、医学生時代ののクップスワミの紹介をしていきます。
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プージャ―:「供養、供儀、礼拝」。神やグルなど神聖なものの前にローソクなどの火を灯し、供物を捧げ、マントラを唱える。インド社会の中では、個人で行う簡単なものから、大がかりなプージャ-まで頻繁に行われる。
キールターン:讃美歌。神やグルの名前を歌うこと。通常、楽器などを使い音楽的である。信者たちが一同に更新することもある。サンキールタンともいう。
















