ー出来事編ーたった10分で110人。どんなにやりたくても1年で1回。

ソラの中、赤いとこ、青いとこ、同じ夕暮れのソラ
青森出身の宮沢さんと同じ電車でかえりました。
狛江駅のホームで、ふっと宮沢さん…
「今朝、電車に乗るときに、反対のホームをふと見ていて、思わず数を数えていたんですね。」
「110人もいました!」
「たった10分の電車を待つのに、こんなにたくさんの人、一斉にそこにいることに、あらためて驚いちゃいましたっ」
う〜ん…。
(…と思わず智子。普通ならここで「そんなに板の〜ほんと、驚くね〜」と続くのでしょうが。ここから先の思考の展開は二人がそれぞれにそれぞれ想う…。しばしの ー 間 ー 。)
と、それまで宮沢さんのご実家の青森の八戸の話しや、この週末一緒に行った支援活動(宮沢さんは3回も参加してくださっています)、岩手の岩泉町小本の「人々」の話しをしていましたから、この駅の話しは、「東京の人々と地方の人々」というテーマで、「同じ人」なのですが、目という感覚器官から受けた情報によって、思考がいろいろに処理していきます。過去の印象と結ばれながら心が騒ぐ…心の行く先を見る…オモシロイ。
思考はこんなふうに拡がりました。
(東北の町は人がこんなにいない。東京は人が多い。→・・・・)
(1時間に1本の電車を待つ。何故か皆が〇〇さん、今日はどこかへ行くんだね…。知っている。→・・・・)
(ひとりひとりの行動がよく見える地方。集団の中のひとりである東京。→・・・・)
「団地では、やっぱり人関係、難しいですね…」
「う〜そうですね…協力しながら暮らそう!とは簡単にいかないようだね〜。」
(行動の目立つ地方くらし。目立ちたい人々。)
(大家族のような「ずっと一緒」に割りきって暮らせない仮設団地の日々。隣人にどんな人が住んでいるかも知らないさっぱり東京。)
「ああした『織り織りのうた』の活動の場は、織りがつながっていくので、言葉無くても、だんだんと心は繋がっていくと思います!」
「んん〜っ、そのとおりかもしれないですね〜」(こころ強い言葉でした。)
つづく宮沢さんのお話、
「米作りの人が言うんですけど。」
「どんなにがんばったって1年に1回。」
「10年で10回。」
「ベテランになるには経験を積んでいくことしかない。」
「!ああ〜っ」
この言葉もかなり響きました。
耳から入ってきたこの言葉が、また意(こころ)に響いた。
思考はこう処理しました。
(行為への意識のシンケンさ)
(…だから今の仮設団地での生活が「抜け抜けの透け透け」で疲れてしまっているというのは…慣れないというのは時間だけの問題ではないのですかなあ…)
今日のゆったりとしたサット・サンガの後、
日頃のスピードの速さに気付かされたのか
あるいは東京と被災地を往復する活動のなかでつくづく感じたのか
そんなことを話した二人でした。
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ならべ〜 ならんだあ〜

上から・・・真ん中くん、一歩下がって〜

ぱかっ

つながれ〜つながれ〜南瓜くんにつづけ〜
















