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ー本の紹介ー『シヴァーナンダ・ヨーガ』(善本社 成瀬貴良編訳)

2011.10.08

Category { サット・サンガ }
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Photo「シヴァーナンダ・ヨーガ」より

Photo「シヴァーナンダ・ヨーガ」より

愛と奉仕に生きた聖者の教え
『シヴァーナンダ・ヨーガ』
前回9月24日は、シヴァーナンダさんの少年時代を紹介しました。今日10月8日(毎月8日、24日)は、彼の大学時代を『シヴァーナンダ・ヨーガ』よりお伝えたいと思います。
(毎回きりの良いところまでを紹介しますので、興味を持たれた方は「シヴァーナンダ・ヨーガ」をお読みください。)

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前回のつづきです。
(10/2のブログです)

~医師-慈愛に満ちた医療活動~

医学生クップスワミ

1905年大学に入ることになったクップスワミは、苦しんでいる同胞のために少しでも役立ちたいと思い、医学を専攻することにしました。両親ははじめ、バラモンの家系の子息がとるべき道ではないと反対しましたが、クップスワミの決心が固いことを知ると、渋々ではありますが許可しました。

タンジョールの医科大学に入学した彼の勉強と研究は大変熱心なものでした。長い休暇のときもほとんどの友人たちが家に帰るなか、彼は学校に残り勉強を続けました。1年生にもかかわらず、上級生にしか許されていない手術室に入ることも許され、成績も学校でトップでした。

大学の教授たちは、彼の中に知性、勤勉さ、将来性を見いだし、助手になるように勧めました。クップスワミはこの立場を大いに利用し、外科の知識や実用的なアイデアを記録するため、いつもポケットにノートとペンを入れていました。

毎日夜遅くまで本を読む日が続きましたがもともと運動やスポーツが好きだった彼は、勉強の合間に剣術を教わることにしました。しかし、剣術の先生が*アウト・カースト出身だったため、あるバラモンから、教えてもらうのはやめるようにと注意されました。クップスワミが初めて直面したカーストの問題です。

家に帰ったクップスワミがそのバラモンに言われたことを深く考えていると突然、あるヴィジョンが見えてきました。それは、父の部屋でいつも礼拝していたシヴァ神の像がアウト・カーストの剣術の先生の胸に入っていくというものでした。それまで迷っていた彼は花や菓子や服を持ってすぐにその先生のところに行き、足元にひれ伏しました。当時はほとんどの人が持っていたカーストに対する差別というものを、クップスワミはこの出来事を機にいっさいなくしたのです。後に、医者になって貧しい者や弱いものに奉仕するときにも、カーストによる差別や偏見はまったく持ちませんでした。

『アンブロシア』

クップスワミは医科大学で、人びとの苦悩を救うための多くの知識を学びました。しかし、予防こそ治療に勝ると考えた彼は、1909年(22歳)、『アンブロシア』という32ページの月刊誌を発行しました。アンブロシアとは、神々の飲み物であるアムリタ(甘露)のことです。クップスワミはこの出版物を通して、インドの人たちが抱えている「個人の健康と公衆衛生の無知」という問題と闘いました。インドの伝統医学であるアーユル・ヴェーダからも情報を得て、いくつかのペンネームで様々な記事を書きました。

『アンブロシア』はしばらくの間人気を博し、利益もわずかながら出ましたが、彼はそれを年老いた母親に送りました。

彼は雑誌に書くだけではなく、実践の場を求め、マドラスに行ってドクター・ハラーのもとで働きました。大変な重労働で、彼はここで患者の世話から薬の調合、経理なども経験しました。忙しい合間を見ては雑誌『アンブロシア』の編集と発行を続けました。

3ルピーという低料金で、助手も使わず、彼自身が編集し、雑誌の発行も行いながら、『アンブロシア』の発行は4年間続けられました。しかし、部数はあまり伸びず、広告もわずかしか得られないという状態が続き、維持していくことは難しくなりました。

1913年(26歳)のある日、彼はマレーシアのゴム農園が医療の助けを必要としていることを知り、自分の道を見出します。そこには大勢のインド人が働いていたのですが、労働条件は極めて悪く、医療品も不足していました。

大学でのお別れのパーティの席で、クップスワミは友人たちに言いました。

「本の知識だけではわたしたちは大きくなれません。わたしは解剖学を学び、実際に人を解剖しましたが、人の体の中に*アートマンを見出すことはできませんでした。」

すると友人が言いました。

「アートマンは、エゴがなくなったところに現われるものだよ」

「そのとおりです!そのエゴを破壊するには、無私の奉仕が最も有効な手段だと思います。わたしは毎日、人びとに奉仕するつもりです。少しずつではありますが、きっと心の中に神を感じるようになると思います。」

つづく・・・・・・

次回は、マレーシアでの医療活動されたクップスワミについてお話していきますね。

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*アウト・カースト: ヒンドゥ・カースト(4つのカースト=ブラーフマナ、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラ)の下に置かれる階級。「指定カースト」「ハリジャン」とも呼ばれる。

*アートマン: 真実の自己。プルシャとも呼ばれる。ヴェーダーンタ哲学におけるブラフマン(梵、大宇宙)に対する概念で、「個人我、小宇宙」と訳される。

『シヴァーナンダ・ヨーガ』を読み、深めているSatomi です。
記事として書き落とすことで更なる学びを得ています。
今回は、大学時代。シヴァーナンダさんがどのような大学生活を送り、どのような志で医療を学んだのかという内容、学生からいよいよ社会へという26歳までの紹介でした。母親が子供に無償の愛をそそぐような心境でしょうか、助けを必要とする方へ医療という一つのツールを使い、異国の地での毎日の奉仕をすることの決意。う~ん、改めてすばらしい方です。26歳のときのわたしは…、そうですね、異国の地にいましたが、自分の為に学ぶということでまだまだ精一杯だったように思います。。。いま、こうしてヨーガに携わることができ、狛江の皆さんと接する素晴らしい環境があります。少しずつですがシヴァナンダさんの本を読み進め、奉仕のこころでありたいと感じています。まだまだエゴがいっぱいです・・・・

一緒にこのページを担当し、学びを受けている長又です。私はこの話を頂いて(本を書き落とす作業によって伝達をしてはどうか?という問いかけがありました。)初めて『シヴァーナンダ・ヨーガ』を読み始めました。この項だけでも分かるようにクップスワミ(後のシヴァーナンダ)の強い慈悲に満ちた無私の奉仕は本当頭が下がります。この清らかな魂はどのように・・・少しでもシヴァーナンダさんの様に人の為に無償の愛を注ぎ続ける生き方を自分の中に見出せたらと思います。読んでいるだけで心が洗われる素晴らしい本です。ヨーガを通して皆さんとこうして学べる環境が今ある事が有難い。私もsatomiさんと共に学びを受けながら心を浄化して行きたいと思います。

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