-本の紹介編-『シヴァーナンダ・ヨーガ』(善本社 成瀬貴良編訳)

愛と奉仕に生きた聖者の教え『シヴァーナンダ・ヨーガ』
前回は、シヴァーナンダジが悟りを得た(サマーディ)周辺のお話について紹介しました。今日2月8日(毎月8日、24日)は、初めての本、初めての弟子の項をお伝えしたいと思います。
(毎回きりの良いところまでを紹介しますので、興味を持たれた方は「シヴァーナンダ・ヨーガ」をお読みください。)
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前回のつづきです。
(2月8日のブログです)
初めての本、初めての弟子
設備や食事は決して十分とはいえませんでしたが、シヴァーナンダは実に多くの仕事を成し遂げました。病人の看護、弟子たちの指導、新聞への投稿、「インタヴュー」での質疑応答、などなど。
この時期に何よりも喜ばしいことがありました。1929年(42歳)、シヴァーナンダは初めての本を出すことができたのです。それは『プラクティス・オブ・ヨーガVol.1』というタイトルでした。
彼は、タイプライターはもちろん、紙を買うお金すらありませんでした。たとえ買うお金があったとしても、近くにそれを売っているお店がまったくありません。そこで彼は考えました。いろいろな場所に出かけて行くサードゥたちにお願いして、いらなくなった紙や封筒を探してもらい、無地の紙や封筒の裏を綴じて手製のノートを作ったのです。夜は、電灯もなかったので、空のインクボトルの中に灯油と芯を入れて明りにしました。助手を使うこともありませんでしたので、写しも全て自分で行いました。
原稿を書いていても、シヴァーナンダには出版を引き受けてもらうためのつてがありませんでした。そこで、すばらしい方法を思いつきました。それは、自ら書き写した手製のノートに「どうぞお好きなだけ印刷して結構です。ただ、そのうちの百部だけをわたしに送ってください」と書き添えて、マドラスやラクノウやカルカッタなどの郵便局長宛に送ったのです。やげて、ある郵便局長から「あなたの厚かましさには驚かされました!」というメッセージと一緒に、美しく印刷された本が百部送られてきました。
シヴァーナンダの高い精神性は、リシケーシの若い修行者たちには理想のグルとして映りました。シヴァーナンダを訪れては弟子になりたがる若者が増えはじめました。彼はしかし、自分は単なるサードゥであり、グルではないので弟子はとらないこと、しかし、友人としてサーダナの助けくらいならばできることを説明しました。シヴァーナンダは世俗的なことから離れ、静けさの中で瞑想することを好みましたし、そもそも、そうすることが目的で医師という職業を捨ててまで取った道でした。多くの弟子を持つには、アーシュラムを創らなければなりません。
しかしサマーディを経験した後、シヴァーナンダの態度に変化が現れました。今まで拒んでいた弟子をとるようになったのです。彼らをサンニャーシンとしての生活に導き、ヨーガや瞑想を教えるようになりました。彼はこのことを通して、若い求道者たちには正しい指導が必要なことを痛感しました。
シヴァーナンダのもとにやって来たのは若者ばかりではありません。中には70歳のジニャーナーナンダや60歳のヴィディヤーナンダという彼よりも年上のスヴァーミーもいました。
スヴァーミー・シヴァーナンダが最初にサンニャーシンに導いた弟子はサッチダーナンダ(現在アメリカで活躍中の*サッチダーナンダとは別人)でした。初期の弟子であるパラマーナンダがシヴァーナンダの弟子になったとき、サッチダーナンダはすでにシヴァーナンダと暮らしていましたが、このサッチダーナンダについてはほとんど情報がありません。
スヴァーミー・パラマーナンダもたいへん古くからの弟子です。パラマーナンダがまだマドラスの駅で働いているときに、スヴァルガ・アーシュラムにいるシヴァーナンダに手紙を書きました。彼はシヴァーナンダの最初の作品『プラクティス・オブ・ヨーガ』に大変感銘を受け、できればシヴァーナンダに会いたいと思っていたからです。そして彼の直弟子になり奉仕をしたいと考え、そのことを手紙に書きました。
1930年8月29日付のシヴァーナンダの彼への返信は次のようなものでした。
「あなたはとても精神的な人のようにお見受けします。どうぞ、これからもそれらを大切に育てていって完璧なものにして下さい。また、あなたはわざわざ遠いリシケーシまで来る必要はないと思います。どうにかして、ポンディチェリーの*オーロビンド・アーシュラムか*ラーマクリシュナ・ミッションにお入りなさい。あなたはそれらのアーシュラムでもりっぱに成長することができるのですから。そこでしっかりと学んでください。精神的な道を歩くには、子どものようにちょっとだけ夢中になったり、いいかげんな気持ちでは続けられません。精神世界の道は決してバラ色の道などではありません。茨やサソリ、蛇でいっぱいの困難な道です。岩だらけの困難に満ちた断崖の道です。しかし自己実現への強い決意を持った人にとっては容易な道となるでしょう。知識への強い渇望が必要です。精神的な日記を付けなさい。すべてを記録しておきなさい。そして、いつかその日記をわたしに送って見せてください」
1930年11月3日付の手紙では弟子にすることを認め、より多くの忠告がなされています。
「できるかぎりお金を貯蓄しておきなさい。在家の人たち思いやりだけでは不足するでしょう。今の世の中では、サンニャーシンといえどもお金が必要です。ラーマクリシュナ・ミッションに仕えなさい。学問と瞑想に歓びを持つようにし、世俗的な快楽を捨てなさい」
1930年12月12日付の3通目の手紙では、リシケーシに着いてからのことを指示しています。
「どうぞ、スヴァルガ・アーシュラムに幾日か滞在してください。そして、孤独と精神的な雰囲気を楽しんでください。サッチダーナンダと一緒の部屋に泊まりなさい。わたしの名前を言えば、ベッドを用意してくれるでしょう。サッチダーナンダともう一人、バラナーナンダが世話をしてくれるでしょう。アーシュラムの場所はリシケーシ郵便局長に聞くとよいでしょう。スヴァーミー・アドヴァイターナンダか、スヴァーミー・タポーヴァンに会いなさい。彼らは二人ともすばらしいサンニャーシンです。ブラーフマプリの森へ行ってスヴァーミー・プルショータマーナンダにも会ってください。彼らはみな、わたしの親しい友人です。それからもう一つ、どうぞよく聴いてください。絶対に焦って世間を捨てることのないように。世の中というのは*サットヴィックな性質を成長せる場所でもあります。世の中は、少しでもよくなりたいと思っている人たちにとって、もっとも優れた教師です。もう少し世間にとどまりなさい。一生懸命に稼いで、価値ある生活を楽しみなさい。ヴァイラーギャ(離慾生活)はボーガ(快楽)を十分に経験した後にやってくるものです。それらを経験してから、強く、堅固で、厳しいものになるのです。エゴや好き嫌いがなくなったときに、本当の*アーナンダがあるのです。心の持ち方を変えなさい。実際にここに来て、聖地や聖者をよく見てください。きっとあなたは感動するでしょう。しかし、そんなに急いで世間を去ってはいけません。精神世界の道は決してバラ色の道などではありません。それは茨の道であることを忘れないように」
パラマーナンダは、このように何通かの手紙のやり取りの後、リシケーシに来てシヴァーナンダの弟子になりました。
*サッチダーナンダ:スヴァーミー・シヴァーナンダの高弟の一人。スリランカやアメリカに布教に出た。現在、アメリカに在住。
*オーロビンド・アーシュラム:南インド・ボンディチェリーにあるアーロビンド・ゴーシュが設立したアーシュラム。
*ラーマクリシュナ・ミッション:ラーマクリシュナの弟子ヴィヴェーカーナンダが設立した。カルカッタ郊外の本部を中心に、世界中に支部がある。
*サットヴィック:サットヴァ的。サットヴァとは、三つのグナ(サットヴァ、ラジャス、タマス)の一つ。軽快・明るい・純粋などの性質。
*アーナンダ:歓喜。心の底からの歓び。
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シヴァーナンダさんの初めての本の出版方法はとても大胆で且つ無駄のない最良の手段ですね。そんな一面もある方なのだな~と微笑んでしましました。そして、サマーディを経験した後、弟子の受け入れを拒んでいたシヴァーナンダさんでしたが一変し多くの求道者をサンニャーシンに導くようになりました。遠方の求道者には手紙でのやり取りで精神世界へ導きます。いつでも最良と思われる方法をとられています。それは優しさと愛に満ちているのからとれる方法なのでしょう。この項では精神世界への道へ誘導されていますが、決して私たちの日常と切り離して考えることではないように思います。シヴァーナンダさんは「世の中というのはサットヴィックな性質を成長せる場所でもあります。世の中は、少しでもよくなりたいと思っている人たちにとって、もっとも優れた教師です」とおっしゃっています。強い意志を持ち、知識の探求を続け、心の持ち方を考え、エゴや好き嫌いをなくすことで心の底から歓びが湧いてくる。『シヴァーナンダ・ヨーガ』は人生を清らかに過ごすための心の教科書のようです。
















