ー出来事編ー思うままにvol.2「日々を見てヨーガと成す・・・」
日毎に和(のど)み、春の日差しが水面を照らし、水温む時を水底に隠れていた魚や水草が感じています。水辺に集う鳥、梢の息吹、漲る活力が満る春。大自然は全てが関わり合って「今」となって現れています。
それが私たちの瞳に映ります。頬に触れます。耳に響きます。香ります。…五感からの伝導が私の心を動かし、感動させる…そのように見えてくるのでしょう。見え方は人それぞれの感じ方。
ヨーガの時間は穏やかでゆるやか、まるで生命の源水が滔滔(とうとう)と流るようです…本来持ち備えている生命の力が湧き起こるようです。
…しかし、これも人それぞれの感じ方。その時の心のあり方で変化するのでしょう。時々で変化し続けるものですから本当は語ることができません。リアルに感じている「今」だけが事実。身体が存在しているから「ほんと」を、生命の力を感じることができるのですね〜。ああ、ありがたい!日々の変化を、瞬間瞬間の変化を見つめ、見護り、慈しみ、常に気付きましょう。その時「疲れ」は消え失せ、幸福と歓びと感謝だけになるかと思います。生かされている瞬間の連続だからです。「疲れ」を感じる時、自分自身が「やっている」とした時です。せねばならぬ連続の時もあります。その時は、それら全てを捧げていきましょう。やはり、慈しみの心で、社会に貢献することを捧げましょう。だれかの力となれば、それでいい・・・。
「滔滔(とうとう)」は、弛むことなくさかんに水が流るさま。甚だしいほどの水量を「ふんだん」といいますが、これは絶え間ないという意味の「不断」から転じた言葉です。「不断」であることが絶え間ない「滔滔」へ通じるのです。絶え間ない滔滔を続けることが唯一の架け橋、道程ということになります。その時「それ」が日々そのもの、時そのものとなるでしょう。合掌
まもなく、これまでの不動の場として毎日、毎日を過ごしたトリャンバカム・ヨーガ・センターを皆さんの感じるままの中へ委ね、私の身体は場を変え、新しい環境との育み合いをスタートさせます。
思うままにしばらく書いてようと思います。早野智子

















