―本の紹介―『シヴァーナンダ・ヨーガ』善本社 成瀬貴良氏編訳
愛と奉仕に生きた聖者の教え『シヴァーナンダ・ヨーガ』
今回(毎月8日、24日)は、数回に分けて紹介してきました「シヴァーナンダという人」の続きと「世界的規模の教え」をお伝えします。毎回きりの良いところまでを紹介しますので、興味を持たれた方は「シヴァーナンダ・ヨーガ」をお読みください。
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前回のつづきです
シヴァーナンダという人
ある日、アーシュラムで訪問者と話をしているとき、シヴァーナンダはたくさんのノート・ブックやペンや時計を見せると、こう言いました。
「人びとは、サンニャーシンはこのようなものを持ったり使ったりするべきではないと思っているでしょう。しかし、わたしはそうは思いません。奉仕は行為です。人類の幸福のために、働いて、働いて、働くのです。身体と心はそのための道具として、快適で健康でなければいけません。わたしはちょっと変わったサンニャーシンかもしれません。奉仕することが大好きなのです。人びとは、サンニャーシンというものはいつも尊厳さにみちていて、眼を閉じ背筋を伸ばして坐っているものだというイメージをもっています。また、そうすることで人びとに悟った人であるという印象を与えています。しかし、わたしはそのようなサンニャーシンとはまったく異なるタイプです。仕事そのものが瞑想なのです。これがわたしのやり方です」
スヴァーミー・シヴァーナンダは、『バガヴァット・ギーター』の第10章に書かれているヴィブーティー・ヨーガ(神の恩恵と神の現れに関するヨーガ)におけるもっとも偉大な、そしてもっとも身近な手本ともいえる方です。スヴァーミージーは、ラージャ、バクティー、カルマ、ジニャーナの各ヨーガと同等にこのヨーガを称讃されていました。シヴァーナンダの感動的な講義を聴いた人たちは、彼がどうしてこのヴィブーティー・ヨーガをもっとも強調されたのか、はっきりと知ることができました。ヴィブーティー・ヨーガは活動的なジニャーナ―バクティー・ヨーガでもあるのです。『ギーター』第10章の中では、クリシュナ神によってヴィブーティー(祝福と示現)の数々があげられています。シヴァーナンダはこれに少し付け加えられています。
かつて、アメリカの哲学者ドクター・トンプソンがシヴァーナンダに素直に訊ねたことがありました。
「スヴァーミージー、あなたは神をご覧になったことがありますか?」
シヴァーナンダは答えました。
「はい。わたしは神以外の何ものも観たことがありません。わたしが食べる食べ物の中に、」わたしが飲んだ水の中に、わたしが会ったすべての人や動物の中に―そして、あなた、ドクター・トンプソンの中にもです。わたしは神以外の何ものも観ていません」
あらゆる人びとへ尽きることのない熱心な奉仕と、あらゆる苦悩から人びとを救うことによって、シヴァーナンダが発するオーラは、たくさんの不平不満を持っていた彼に近づいてきた人たちを沈黙させ、敵意をもった人たちも彼の前に出るとすっかり敵意を喪失してしまいました。
そして、優秀な人たちや教育を受けた人たちがキールタンを歌うことを恥ずかしがる習慣がまだ残っていた時代にシヴァーナンダは魂を揺さぶるような聖なる歌声を通して、すばらしい奇跡が起こることを実証したのです。大勢の人にとって、シヴァーナンダの歌を聴くことが癒しになりました。彼らは神の名を歌いはじめました。シヴァーナンダは神の化身のようなお方でしたので、彼に接した人たちはだれでも、神の愛の波動を受け取ることができたのです。
なんの精神性もなんの資格も持たずに集まってきた人たちを腕の中に抱き入れ、しかも、厳格な禁欲生活や組織的な修行を送ることなしに神聖なる人に変えることは、もっとすばらしい奇跡ではないでしょうか。
ヒマーラヤの麓、ガンジス河の河原の小さなクティールに坐って、世界の四方に神聖なる知識の光を放つことは、もっとも偉大な奇跡ではないでしょうか。
世界的規模の教え
シヴァーナンダは、英語が世界中でもっとも多くの人たちに通用する言語であることを認め、英語で考え、話し、書き、歌いました。しかしこれは西欧人ばかりでなく、西欧文明に追随して自分たちの古い文化や宗教に触れる機会を失っていた現代若いインドの人たちにとっても有効だったのです。事実、彼らはシヴァーナンダの本を読んで、インドの精神的遺産に目覚めたのです。
シヴァーナンダは、彼が会った人たちの状況やレベルに合わせることによって、西欧人と西欧志向のインド人双方の知的好奇心をかき立てたのです。
シヴァーナンダ・アーシュラムでは、キリストはクリシュナ神同様に敬意を払われていました。西欧の人たちは、クリスマスにはシヴァーナンダから、キリストの誕生劇を演じるよう求められました。
また、「サーダナ・ウィーク」を設け、イースターやクリスマス休暇になると、世界中から熱心な求道者たちをアーシュアムに集め、厳しい修行を受けさせました。ジャパや瞑想、リキタ・ジャパ(写経)、ヨーガ・アーサナ、マウナ(沈黙の行)、奉仕活動など、丹念に計画されたプログラムが組まれました。シヴァーナンダや古い弟子たちによる講義も行なわれました。
「サーダナ・ウィーク」の参加者は、リシケーシに来たときよりもさらに心豊かになって帰ってきました。
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シヴァーナンダさんのようにすべての中に神を観ることが出来たのならば、私達が抱える苦悩は何も起こらないのではないでしょうか。優しさと慈しみの心で一杯に満たすことができます。そして、キールタンは「情緒を発展させ心の中にバクティ(信愛の情)を育てるための最も確かで早く易しい方法である」とスヴァーミー・サティヤーナンダさんもおっしゃっています。「キールタンのないヨーガは、砂糖の入っていない味の抜けたチャイのように不完全なもの」とも言っています。キールタンの不思議な力を体験し神の詩から恩恵を受けられる日が訪れますように☆毎月一回開催Y.L.S.勉強会「ヨーガ・スートラ」の後や定例勉強会でキールタンに触れられる機会があります。詳しくはHP又は直接指導員にお訊ね下さい。
シヴァーナンダさんは人類の幸福のために、働いて、働いて、働き続けた方でした。そのためには身体と心は、快適で健康でなければいけないともおっしゃいました。
皆さんはトリャンバカム・ヨーガ・センターにヨーガをしに通っています。それは身体と心を快適で健康にする助けになっていることでしょう。たとえ週に1度であったとしても同じ時間に同じ場所でヨーガを継続することは大切なことです。シヴァーナンダさんのように私達も身近な家族や友人、そしてより多くの方の幸福のために働けるといいですね。今日も幸せな1日でありますように…