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ヨーギーのうた ー 聖者や詩人の言葉 ー 8/19

2025.08.19

Category { 教室トーク }
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オンライン授業の早朝ヨーガにはもれなく
+αで感じる
アフター・ヨーガ【ヨーギーのうた】が 配信されます。
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今日の〈うた〉♪

🔶スヴァーミー・シヴァーナンダ・サラスヴァティ
サットサンガは心の闇を取り除いてくれます。
精神を高め、純粋でいっぱいになります。

🍀 サンガが開かれたら、
集まる人を思って、互いの闇を払い互いの成長を祈って集まろう!

- 衝撃的なニュースを読むと、心はさまざまに活動をはじめます。
- 身体の清らかさとは、心の清らかさからやって来ます。
- 自由は、執着のないところにあります。

『Heart of SIVANANDA』第Ⅱ章-Ⅴ-103.104.105 より

🔹仏陀
そろそろ、
相手の気持ちを汲みとるチャンスです。

坂村真民さんの詩
遠い日

朴と鳳

朴の木に
鳳がとまり
ほお
ほお
と鳴く
三千世界へひびくこえ

『あうんの花』より
🍀三千世界は、仏教語の三千大山世界の略で三界とは異なります。
仏教の世界観。
須弥山(シュメール、メール山は古代インドの世界観でインド神話に登場する)を中心に、太陽や月、四州大陸、六欲、梵天などを含む世界が一世界。それが1000個集まると小千世界、小千世界が1000個集まると中千世界、中千世界が1000個集まると大千世界での三千大山世界のこと。

しあわせになるよga・15
② 必要のないことは考えない
輪廻の主体(『ミリンダ王の問い』第二章 第六の対論)
王は問う
「尊者ナーガセーナよ、次の世に生まれ変わる者は何ものなのですか?」
「大王よ、それは名称と形態が次の世に生まれ変わるのです」
「この(現在の)名称と形態が次の世に生まれ変わるのですか?」
「大王よ、この(現在の)名称と形態が次の世に生まれ変わるのではありません。この(現在の)名称と形態によってなされる、善または悪の行為(業)によって、他の(新しい)名称と形態が次の世に生まれ変わるのです」
「尊者よ、もしもこの(現在の)名称と形態が次の世に生まれ変わるのでないならば、人は悪行や苦しみから免れることになるのではありませんか?」
「もしも、次の世にまた生まれることがないのなら、人は悪行から免れましょう。大王よ、しかしながら、実際には次の世にまた生まれるが故に、悪業から免れないのです」
「尊者よ、譬えを述べてください」
「ある人がマンゴーの樹の果実を盗んだとしましょう。所有者が捕らえて王の前につき出して「王様、この男がマンゴーの実を盗んだのです!」と言うと、男は「私はこの人のマンゴーの実を盗みません。この人の植えたマンゴーの実と、私が盗んだマンゴーの実とは別のものなのです!」と語るならば、大王よ、この男は罰を受けるべきでしょうか?」
「いかなる理由によってですか?」
「尊者よ、かれがそのように言おうとも、最初のマンゴーの実を現に見てはいないけれども、最後のマンゴーの実に関して、その男は罰を受けるべきです」
「大王よ、それと同様に、ひとはこの(現在の)名称と形態によって善または悪の行為をし、その行為によって、他の(新しい)名称と形態が次の世に生まれ変わるのです。それ故、かれは悪行からまぬがれられないのです」
「さらに譬えをのべてください」

「大王よ、ある人がほかの人の稲を盗んだとする、…あるいはサツマイモを盗んだとする、…あるいは…厳寒で、火を焚いて暖まったのち、日を消さないで立ち去ったので,その火がその人の畑を焼いたとしよう。畑の所有者がかれを捕らえて王の前につき出して「王様、この男がわたしの畑を焼いたのです!」と言うと、男は「わたしはこの人の畑を焼きません。わたしが消さなかった火と、この人の畑を焼いた火は別のものです!」と語るならば、大王よ、この男は罰を受けるべきでしょうか?」
「尊者よ、かれは罰を受けるべきです」
「尊者よ、かれがそのように言おうとも、最初の(火事の原因となり始めた)火を現に見てはいないけれども、最後の(畑を焼いた)火に関して、その男は罰を受けるべきです」
「大王よ、それと同様に、ひとはこの(現在の)名称と形態によって善または悪の行為をし、その行為によって、他の(新しい)名称と形態が次の世に生まれ変わるのです。それ故、かれは悪行からまぬがれられないのです」
「さらに譬えをのべてください」

「大王よ、ある人が灯火を持って屋根に昇って食事をしたところが、灯火が燃えて屋根の草を燃やし、草が燃えて家を燃やし、家が燃えて村を燃やしたとしよう。そこで村の人々が男を捕らえて「きみよ、きみはなぜに村を焼いたのか?」と問うと「わたしは、村を焼きはしない。私が食事をするために光を使った灯火と、村を焼いた火とは別のものです」と答えた。あなたはどちらの言い分が正しいとされますか?」
「尊者よ、村人の言が正しいです」
「いかなる理由によってですか?」
「たとえそのような言でも、村を焼いた火は、彼の食事のために用いた火から生じたからです」
「大王よ、それと同様に、死とともに終わる(現在の)名称と形態と、次の世においてもまた生まれる名称と形態とは別のものであるけれども、後者は前者から生じたのです。それ故、かれは悪行からまぬがれられないのです」
「さらに、譬えを述べてください」

「大王よ、ある人が牧牛者から一壺の乳を買って、その牧牛者に「明日持っていくから」と預けたとしよう。その乳が翌日酪に変ずるが、翌日やって来て「これはわたしの買ったものではない、あの一壺の乳を私に渡してくれ」と答えたとしよう。彼らが争いながらあなたのもとにきたならば、大王よ、あなたはいずれを正しいとされますか?」
「尊者よ、牧夫者のほうが正しい」
「いかなる理由によってですか?」
「たとえそのように言おうとも、その酪は乳から生じたものであるからです」
「大王よ、それと同様に、実に死とともに終わる(現在の)名称と形態と、次の世においてもまた生まれる名称と形態とは別のものであるけれども、後者は前者から生じたのです。それ故、かれは悪行からまぬがれられないのです」

🍀 昨日は感受について。今日は……。必要のあることによって、必要のないことによって、それらによって起こる出来事についてを、思い直させてくれる話しです。

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