リシケーシの風 ーvol.6 10/24(金)──デリーの宿 ー

10/24(金)──デリーの宿
◆静けさに包まれたデリーの朝
昨日はデリーに到着し、ブッディスト・センター(World Buddhist Center)で迎える朝です。
(あゝ、ここはデリーよ。智子さん、研修がはじまっているのですよ。今日はとうとうメインイベントとなるアーシュラム生活の第一歩を始める日。Cフォーム……。大丈夫、きっと上手くいく。誠実に!)
部屋は二つで予約されていました。一人4000ルピーのドネーションです。だいたい9000円ちょっと、10000円弱。部屋は自然とANA組とJAL組になりました。
思わず目を丸くするほど きれいな宿です。事前説明会で私が語っていたデリーのホテル事情からすると、皆、覚悟していたのでしょう。「えっ、キレイすぎるう〜!贅沢う〜!」と、とても嬉しそうでした。わたしたちの部屋の前は広い寛ぎスペースでした。壁側にはど〜んと金色に輝く仏像。下の階の居間の窓には、そう美しいステンドグラスのブッダの立像がえがかれています。
「デリーにこんな静謐な場所があったとは」。まったくの想定外でした。昨晩は、安堵と、やわらかなもてなしでぐっすり。幸福感が連続して立ちのぼる──しばしデリーにいることを忘れてしまうような、不思議な夜でした。
◆沈黙の案内人たち
入口の扉を開けた瞬間、合掌して微笑む男性が迎えてくださいました。
「靴をこちらでお脱ぎになりお上がりください」
その声は、聞き取れないほど小さいものでしたが、やさしく、それで充分だと分かる静けさを尊ぶ空間の“音”でした。
細身の青年が私たちのキャディケースをひょいと二つ抱え、軽やかに階段を上っていきます。
やがて、また静かに合掌しながら案内され──
「お疲れでしょう。まずはこちらでお掛けになってお待ちください。
すぐにお部屋の鍵をお持ちいたします。」
その優しさはホテルのサービスマンとしてではありません。修行者の“作務(さむ)”としてのもてなしです。ここが単なる宿ではなくて、精神修行者のための “お寺” なのだとすぐにわかりました。
(比較するつもりはありませんが…)これまでのデリーのホテルは、なかなかの “味” があって(笑)、チェックインでは誰かとお喋りしながらで、手続きは大丈夫かと心配していると、ニッコリ。はたまた部屋に案内されると「ほら、大丈夫だろ?」と、シャワーを流してみ見せるスタッフの満足げな笑顔──そんな感じです。
ここの空気はまるで違います。優しい。(あき子さん、本当にありがとうございます…!)
◆ ブッディスト・センターを建てた人──中村さんの話
居間に案内されたとき、担当の方がセンターについて説明してくださいました。丁寧なウェルカムの挨拶の後、ゆっくりと語ってくれたのは、こんなお話でした。ブッディスト・センターの紹介にもなるので、この機会に書いておこうと思います。
——このブッディストセンターを建てたのは、日本の僧侶・ 中村さんという方だそうです。中村さんは 1970 年代にインドへ来て、長い放浪と修行の旅を続けられたそうです。
後で見た写真のキャプションには「1991」と記されていました。その年、中村さんは一般の人々とともに、ラダック──“小チベット”とも呼ばれる北インドのヒマラヤにほど近い地区に シャンティ・ストゥーパ(平和の塔) を建立されたそうです。
さらに、ダライ・ラマ法王と並んで祈る姿、マザー・テレサと共に奉仕活動をする姿など、歴史的な瞬間を収めた写真がいくつも飾られていました。
「ぜひご覧になってください」と、見渡せば、モダンで落ち着いた雰囲気の部屋の壁には、たくさんの写真があります。いつも礼拝の心で鑑賞されていることが見てとれました。修行僧としての深い眼差しの中村さんの写真には、「Gyohmyo」 と記されていました。
静かな語りでしたが、センターの空気がどこか神聖で落ち着いている理由が、すっと腑に落ちました。
——ここには、仏教徒の僧として、またひとりの日本人としての祈りと歩みの姿とが息づいているのだ、と。
◆朝のおつとめ
翌朝6時、私たちは本堂で行われる“朝のおつとめ”に参加しました。昨夜のうちに、きっと早朝のおつとめがあるに違いないと思ったわたしは、伺っておいたのです。
奥の小さな部屋から聞こえてくる念仏。最初はとても小さな声なのに、心に沁みます。やがてご住職がお姿を整え、香が焚かれました。そしてお経がはじまりました。祈りはとても静かに始まり、しだいに太鼓、ドラ、鳴りもの──こころの高揚のように響きは盛り上がっていきました。
知らない言語のお経の合間に、南無妙法蓮華経がありました。三宝帰依のブッダン シャラナン ガッテャーミ、ダルマン シャラナン … サンガン シャラナン ガッチャーミもありました。わたしたちに馴染みある「ガテー ガテー パラ ガテー…」もありました。でも、響きと振動はどの地においても“真理”です。お経はふたたび静寂へと戻ってゆきます。鎮まるほどに、こんどは身体の奥から響きが立ち昇ってくるのです。ヨーガの瞑想やキールタンの後のあの感じと似ています。
みなの顔はすっかり穏やか、仏像のようです(笑)。
さて朝食!
もう、言葉にできないほど新鮮で、美しく、美味しい。
チャイも最高。
(リシケーシに行く前に、いやリシケーシの帰りかな?必ずまたここに来たい──)
心からそう思いました。
そういえば、昨日は空港で諸々ありましたので、実は日本円をルピーにする機会を失っていたのです。支払いをどうしようかと心配していましたが、伺うとまさかの日本円で良いということでしたので、これも一件落着と、もう何から何までありがたい連続でした。宿に着いたときは、アジェイさん借してくださると言うことになっていましたが(こんなリッチな運転手ははじめただなあ〜)、借金せずに済んだのでした。
◆再び旅路へ──リシケーシへと向かう車内
「ナマスカール!」「アッチャー!」「ティケティケ!」
アジェイさんの弾む声が車内に響きます。電話も遠慮なくスピーカー、ヒンディー語がずっと聞こえます。
意味は分からないけれど、不思議と“雰囲気”が感じられ嫌ではなかったなあ(わたしは)。振り返ればシートでぐっすりのO.Mさん。遠くを眺めるY.Sさん。助手席でアジェイさんの話に合わせたり、いろいろ尋ねてくださっているI.Kさん。なかなかいいコンビでバランスがよいなあ〜。
アジェイ(Ajay)という名前を尋ねると「長生き!」と笑顔で答えてくれました。私はつい語源遊びを始めてしまいます。
ja = 「…より生まれた、生ける」
jiva「生命」、jaya「勝利」、jetavana「祇園精舎」……。
アジェイ。
否定の “a” がついて──「生まれのない、生存を超える」。
そうか、魂の永遠さそのもののような…そんな意味の“長生き”なんだな、きっと。
そんなことを一人で考えては、ふふっと笑っていました。
◆再び旅路へ──リシケーシへと向かう車内
「ナマスカール!」「アッチャー!」「ティケティケ!」
アジェイさんの弾む声が車内に響きます。電話も遠慮なくスピーカー、ヒンディー語がずっと聞こえます。
意味は分からないけれど、不思議と“雰囲気”が感じられ嫌ではなかったなあ(わたしは)。振り返ればシートでぐっすりのO.Mさん。遠くを眺めるY.Sさん。助手席でアジェイさんの話に合わせたり、いろいろ尋ねてくださっているI.Kさん。なかなかいいコンビでバランスがよいなあ〜。
アジェイ(Ajay)という名前を尋ねると「長生き!」と笑顔で答えてくれました。私はつい語源遊びを始めてしまいます。
ja = 「…より生まれた、生ける」
jiva「生命」、jaya「勝利」、jetavana「祇園精舎」……。アジェイ。否定の “a” がついて──「生まれのない、生存を超える」。そうか、魂の永遠さそのもののような…そんな意味の“長生き”なんだな、きっと。
そんなことを一人で考えては、ふふっと笑っていました。
◆あれ?もうハルドヴァール?
アジェイさんのおしゃべりは元気で、そのテンポのよさは運転にもそのまま表れていて、気づけばもうハリドヴァール(ハルドヴァールはシヴァ派の読み)!
そういえば、車中で何度も
「ランチは任せてくれよ!」「最高の場所があるんだ!」
と言っていたのですが、わたしたちが「止めて」と言わなかったからか、結局ノンストップでここまで来てしまいました(笑)。
「あっ、見えてきた!」
窓の外に大きなシヴァ神の像──。
ハルドヴァールの象徴の一つです。
少しハリドヴァール(ハルドヴァール)について補足します。
• リシケーシの手前に位置する北インドの聖地
• ハリ(Hari)はヴィシュヌ神/クリシュナ神
• ドヴァール(dvar)は「門、入口」
• シヴァ派の人は Hari-dvAr(ハルドヴァール)
• ヴィシュヌ派の人は Hari-dvAr(ハリドヴァール)
昔、成瀬先生が話してくださいました。
そして、このとき「先生は何派ですか」とおたずねしたところ、
「どっち派?」というのは、好き嫌いで決まる“ファン”のようなものではなく、生まれ持った傾向(svabhāva)のようなもの だということでした。
「実は、私は〈女神派/シャクティ派〉なんですね〜」
とおっしゃっていたのが、今も印象に残っています。
次の機会にクマールさん(占術師)に聞いてみたいな……(密かな楽しみ)。
◆リシケーシが近づく
シヴァ神像が車窓の向こうへと流れてゆきます。
見守られているような気持ちでした。
わたしは再びバッグを開け、〈アーシュラムの手紙〉に記されていた必携書類がすぐ出せるように確認しました。
「よし、オッケー」。
昨晩、メンバーにも「もう一度確認しようね」と伝達済みです。
それに、もし何か見当たらなくても、全員分のコピーはわたしが持っています。
あの C-form も──心配しましたが大丈夫。送信は一昨日完了しています。
C-form には、ほんとうに……驚かされました。
本来、到着前に揃えて送信する書類だったのですが、わたしは存在すら知らず…。
たまたま川﨑あき子さんがアーシュラムのレセプションで
「智子さんのグループの C-form は届いていますか?」と確認してくださったから助かったのです。
添付されているはずの書類がどこにもなく、
アーシュラムに再送してもらい、ようやく手続きを完了……。
どんなに頼りなく見えても、私はこの “トリャンバカム・ヨーガ・センターのリシケーシ研修” のリーダーです。
アーシュラム生活が、いよいよ始まろうとしています。
受付が滞りなく済めば、これからお世話になる私たち四名は、
〈日本の東京から来た、ヨーガを学ぶグループ〉
として受けとめられることでしょう。
アーシュラムの中では、そのようなひとつの“存在”になります。
…また(笑)少し大袈裟ですが、ある意味では“代表”なのです。
つづく〜
今回の研修旅行では、「共に過ごす時間の尊さ」、
そして、「影響を受けることー共存」を改めて感じました。
研修中に感じたこと、気づき、喜びを、
少しずつみなさまと共有できたら幸せです。
ブログ、そして月刊の『新聞』(再スタート?)でも、
この美しく吉祥な旅の記録をお届けしてまいります。
どうぞお楽しみに。
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