リシケーシの風 朝のメディテーション(vol.13)

朝のメディテーション(vol.13)
10月25日(土) サマーディ・シュライン。
アーシュラム滞在二日目ですが、早朝瞑想に参加するのは皆さん初めてになります。
メディテーション・ホールと呼ばれるサマーディ・シュラインの入り口で靴を脱いで、膝づきます。
額を床に落として礼拝してから入っていきます。
正面に向かって右は男性、左が女性です。
中央を静かに歩いてゆき、正面奥にシヴァ・リンガ(男根)が祀られているので、
その前で再び正坐し、投地礼拝します。
シヴァ・リンガの祀られている部屋は、奥に続く、だいたい四畳ほどの小さなスペースです。神社の内宮のような場所といえばよいのでしょうか。ただ日本のように建造様式にまでこだわったつくりなどではありません。きれいな場所です。
白い大理石で囲まれていて、壁にはグルデーヴ・シヴァーナンダの写真、花輪がかけられ飾られています。中央が御神体、天地創造に及ぶ象徴、リンガが、水が流れるヨーニーで囲われてあります。
シヴァ・リンガについては、また次の機会にお伝えします。
奥のスペースに入る手前には、両側にシヴァーナンダさんの等身大の写真があります。ここでも礼拝します。
インドではとにかく礼拝する場面が多いのです。〈礼拝すること〉は、心が素直になる、心の余計が洗われる薬のようだなと感じます。礼拝する度に、礼拝するときの気持ちと向き合わされます。だから礼拝は次第に、
とても自然な礼拝へと変わってゆくのではないかな、と。い気持ちのままの姿になってゆくのではないかな、と。これはとても不思議な作用だと思うのです。
私は女性側の中央あたりに坐りました。わたくしの後に三人も坐られました。
プラナヴァ(オーム)三唱です。
アーシュラムの響き……
静かに目を閉じ、身体を閉じ、心と向き合います。
ジャヤガネーシャ唱誦。
いま、あらゆる顕れと坐っています。
つづくデイリー・プレイヤー(毎日のお祈り)。
祈りの響きは
深いところを奮わせるようです。共に高唱したい気持ちがあふれてきます。
初日であるので、わたしは
受けるのみにしようと感じ、ただ聞こえてくる経の響きを受け入れる〈いま〉にしました。
そして、この溢れてくる奮起は、今日に尽くそうと決定心を内に置きました。
おそらく、こういうのを肌で実感したくて、わざわざ遠く日本からインドに来るのではないでしょうか。
・・・
・・・
ふと、その場に居るかのように、かつての場面が蘇ります。
みなさんはこのインド北部、ヒマーラヤの入口、リシケーシにいらっしゃいました。
ようこそ!(合掌、スマイル)
そして、静かな声で、問いかけられるのです。
あなたは、
何をしに来たのですか。
なぜ、
ここまで来たのですか。
ヨーガを学びたいとは、
いったい何を、
どのように学びたいのですか。
家族は、送り出してくれましたか。
仕事は、整えて来られましたか。
ご両親は、お元気ですか。
あなたは、誰で、
どんな人で、
何を望み、
何を抱えて、
ここに来たのですか。
・・・
わたしは日本でも、時折この場面が蘇るのですが、
このとき、再び、湧くように浮かんできました。
スヴァーミージーと呼ばれる方は、なんとも喩えがたい広さと深さがあります。
そのやわらかな物腰と、もの静かな口調は、何でも受け入れてくださる海のようであり、
波を翻しわれわれを呑み込んで、深い水底に独り坐らせるようでもあるのです。
心の内の奥で、声、音(言葉)だけが、音波のように入ってくるようなのです。
そう、
わたしたちはここで、スヴァーミージーと呼ばれる人たちの話を聞いたり、ここで人生をかけて修行に来ている僧侶の姿を目の当たりにしたり、修行での響きを肌で感じたくて来るのだと思います。また、わたしたちと同じように、そうした生活にどっぷりと浸かろうとやって来ている人たちを見るのです。
オーム…
オーム… オーム…
終わりました。
サマーディ・シュラインを出てYさんが、「あ〜 気持ちよかったです」と、静かに傍に来て、そう言われました。
合掌☺️(何より、何より。)
(そう、おのおの様 それぞれに感じたおおきなものがあったでしょう……)
(感じたことはメッセージだから、感じたままではなく、感じたことに応えていこうね〜)
そんなことを思いながら、
「 ……•、これから秘密の場所に行きますか? 」
そう、お誘いしてみました。
・・・つづく
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