
ヨーガは常に〈気付き〉を、身をもって体験し、心でも実感していることを感じつづけている行です。
〈気づき〉は、最初の段階ではハタ・ヨーガの体系的なプラクティスによって、徐々に、生きていること、生活すべてにおいて、〈気づき〉を感じることへと意識が向かい、感覚が研ぎ澄まされてゆきます。
生き様を、在り在りと感じながら〈生きること〉をしたいと、現在、多くの若者がヨーガに魅せられ、多くのヨーガ教室に通われています。
とても素敵なことだと思います。
トリャンバカム・ヨーガ・センターも今、伝えたいことがあります。
トリャンバカム・ヨーガ・センターでは、2011/3/11後、被災地を応援し続けることを決めました。
直接的な被害に遭わなかった者は、…助かったの?でしょうか。
被災に遭われた方の姿に、被災地の様に、生きる上での学ぶべき宿題を与えられたのだと私は解釈して、この2年を過ごしました。
直接何か支援をしたり、手を差し伸べることでもいいのですが、…それには限界があり、なかなか継続はできないものです。
常に、ふんばっている人々の心を忘れずに
励むことに惜しみない力を注げるようになるにはどうしたらよいだろうか。
私たちが ここにいて でできることは何だろうか。
被災に遭われ、尊い命と向き合った方々の心を想い
瞑想すること。
生きることを粗末にしてはいないか、
一時一時を大切に精進しているかと想うこと。
それは、いつでもどこでもできることでした。
常に、被災地を応援することで、
日常の忙しさで忘れやすい心を大切にしたいと考え、トリャンバカム・ヨーガ・センターではヨーガの活動の一部に被災地支援を行なっています。
先日12月8日。ここ狛江のトリャンバカム・ヨーガ・センターに織手さんをお呼びしました。
被災に遭われた織手さんの心を思うと、なかなか言い出せず、ようやくその時が来たようでした。
どんなに苦しい現状でも、織りを続けて下さる織手さんの姿を伝えること、
被災地の今を正しく伝え、知っていただくこと
まっすぐに歩む力を知った時、それは私たちの勇気や力の源になるのではないでしょうか。被災地と、その地でふんばる人々は、我々日本人がもっと懸命に考えなくてはいけないことと向き合っています。被災が気づかせてくれたメッセージ、自然とのバランスを本気で考える時だよ、と聴こえてくるようです。
〈ヨーガ〉実習をすること(気付くこと)、
〈心のヨーガ〉実習をすること(感じること)、
そんな平和への道のりをつないでいきたい、トリャンバカム・ヨーガ・センターというヨーガ教室です。

今週末8日、交流会とともに開催した物産店で、人でが足りず募集したところ、売り子さんとして午後から手伝ってくださったM.Kさんからのメールです。
***
すっかり食用ほうずきにも詳しくなりました
鉄分トマトの4倍!
ビタミンAとEと…C?がトマトの2.5倍! まだまだ勉強不足のようですね
きっとまたの機会には覚えることでしょう(^^)
***
嬉し涙が流れそうです。
感動的です。
(少し大袈裟とおもわれるかもしれませんっ)
だれもが「大変だ」と思う仕事ですが
機会を、「すっかり詳しくなりました〜」という機会(出会えた)という喜びにされています。
ヨーギーだなあと思います。
他にも、手伝ってくださった皆様、ありがとうございました。
M.Kさんの自然なメールを、象徴的に紹介させていただきました。
皆様の行為に合掌。
忙しさとスピードの中で、
時間とにらめっこをして仕事をする方が多いのではないでしょうか。
できるだけ面倒をさけたい
できるだけ仕事を増やしたくない
目線を変えると
たくさんの愛おしいものたちが
そこにありました・・・。
皆様の平和な日々を
一日に終わりのほほえみを
お祈りして。
合掌

今週は、岩手に帰りませんでした。
岩泉町や、三陸小本でのヨーガ教室をお休みにしているためです。
12〜3月まで、冬眠。。。
こじ開ければ出来るんだけれど・・・
自然の流れと、ヨーガというものをとても考えている2012年の冬。
…考えてみると、今年初めて、週末後に東京にいます。
…なんという年だったんだろうと、ちょっと止まって主人の顔の様子や、家の様子や、自分自身をみましたね。
……
で、いろいろ思うことをお清めしようと、やっぱりヨーガに準ずる私の…ただそれだけの時間なんです。
早朝に、誰も起きていないその時間にお清めの手順をしたり、
気持ちの志しを唱えて捧げたり
居る環境と自分自身を掃除したり
既に悟った順序を再度通したりして
…そうしている、一時一時の時間が心の拠になるようで。。。
で、今朝は知らぬ間にサンガティ(成瀬貴良先生の教室名)に脚が向かっており、
久々のラッシュ
久々のギュウッ
久々のグググッ
…を体験して、くたくたでたどり着いた八雲住区センター。
で、
久々のフレッシュ
やっぱりいいッシュ
・・・ゆるんだでッシュ・・・を、味わい、身体も心もとろとろでした。
みなさんもどうぞ通われてください。
毎週水曜
①1015−1145
②1200−1330
八雲住区センター
申し込みはこちらより、直接成瀬貴良先生にお聞きください。

今週末12月8日は、年末交流会が狛江泉の森会館で行われます。
この日、震災大きな被害を受けた三陸より、仮設住宅にお住まいの織り子さんが、東京までいらっしゃいます。
震災以来、傍らにいながら感じていたことは、先を見ない今に没頭している姿でした。
お誘いする言葉をいうことは、2年が経過しようとしている今まで発することはできませんでした。
少し変化があったのは、11月中旬のことでした。
小本の仮設に荷物の整頓があって日曜日に訪れました。
いつもなら、日曜日はゆったりと皆さんが仮設の外に出て話しをしたりする光景が見られるのが常でした。或いは、どこかボランティア団体さんがいらしてくださり、それに参加するという姿です。しかしこの日は、仮設に人がいません。唯一残っていたみなさんとお話できました。
「今日は、ほら、千さんと沼さんだからあ、みーんな迎えのバスが来て、乗ってった。家で一人までだから、あたしは留守番っ(笑)」
(そう、この日は、みなさんが前々から噂をしていた千昌夫さんと新沼謙治さんのコンサートが町民会館(内部)であるという日でした。仮設の人は、ひと家族でひとりまで、招待されました。)
「いんや、でもねえ〜…今日はみーんな宮古とか、盛岡とかに出かけていきましたっけ」
と言うのです。そして…
「この頃は休みさって、遠くまで車っこで出ていくっけね。」
「みんなどうしたかってねえ。買い物ですっけねえ…」
「いやホントに。このね…ここんとこでしたあ。出ていくことなかったっけ、いいんだか、どうだか。ハハハっ〜あたしは、なーんもいらんけね。」
と。
確かに…心で思いました。(これまでは、外へ出かけていくってことをしなかったものね・・・)
また、先日聞いたこんな話も、私の心で思い出されるように湧いてきました。
「ついこの間よ、主人がね、やーっとね、人の中に行ったの。人前に出ていくこと、あの日以来なかったから、初めてなの」
震災から2年になるこれまで、一切人前に出ていかなかったといいます。震災前は、バリバリの漁師、地元でも働き者のでタフと言ったらこのご主人、と代名詞になるほどだったとか。しかし震災後は、仕事であったわかめを中心とする漁ができなくなって(海の状態、道具や機械、漁船)、すっかり気持ちを閉ざされていたと言います。集会や説明会にも行かず、訪れてくる客と少し話しをする程度だったと聞きました。そのご主人が、やっと集会所で開催されたカラオケに行ったというお話でした。
被災後、家の片付け、仕事の再開、復興、復旧。
将来の心配、情報収集など
見聞きすることは心配ばかりで、外へ出かけていく気持ちにもならなかったのでしょう。
少しずつ。
なにかが、人の心の中で変化が生じているようです。
人が、ひとりひとりが、本当にやさしい社会を考えていくことをしていきたいですね。人に、自然に、社会に、今ある現場を思って、本当の意味でのやさしい関係をつくって、考えていくひとりとなりたいものです。。。
tomococococo
















