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26.02.19

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朝のメディテーション・アフター(vol.14)

もう、秘密の場所ではなくなってしまったなあ〜

── いやいや、
秘密は、共有したときにこそ
その輝きがますのではないでしょうか?
笑笑

ひとり、そんなことを思いながら〈秘密の場所〉まで歩いて向かいます。
結構なことです。こうして、トリャンバカム・ヨーガ・センターに通う、ヨーガに学びたいという生徒さんたちと
ここを歩いている……。いつか、こうして歩くことを、ああ、そういえば想ったなあ〜

さあ、ご招待(笑)!
身体一つがやっと通れるような小さく細い門を抜けます。
「皆さんにとっても良い場所になりますように!」

ここはガーデンです。
お花がいっぱい植えてあって、大きな樹が二本あります。樹がザワザワ〜と揺れて迎えてくれました。
正面にラーム・ジューラー(シヴァーナンダ・ジューラーとも呼ばれます)が見えます!
最高の眺めです!
心がとジューラーをす〜っと抜けてゆくようで、ああ、やはり何とも気持ちのよい場所です。
(ジューラーとは吊橋のことです)

そう、ここはわたしがアーシュラム滞在中の毎朝を過ごしたガーデンです。
瞑想が終わるとここに来て、ナマスカーラを静かに、ゆっくりとして、
それから、この樹の根本に、甘えるように坐るのです。いろいろのことが浮かんできますが、そうやって坐る自分自身が、いまシヴァーナンダ・アーシュラムにいること、シヴァの御足から流れるガンガーを前にしていること、そして大きなこの同じ空の下で、日本での毎日を見つめるのです。

この研修でもやはり、ここで毎朝を過ごすことになります。

じつは、ここは通称「ともながガーデン」と呼ばれています。
入口の石のベンチには、
Junko Tomonaga
Fumiko Oyama

──お名と年号が刻まれていました。

友永淳子先生、小山芙美子さん。
お二人との思い出も、ふっと蘇ってきます。

カーン、カーン、カーン…

.
お玉で鍋を叩くようなあの音(笑)
7:30から朝食。
朝食は夜に比べて質素で、片手で包めるほどの小さな銀食器の碗に、ご飯(もちろんカレーです)。
それとチャイ。チャイは大きめのタンブラーのような銀のコップにいっぱい!美味しい😋

普通だとご飯の写真を撮ったりするのでしょうが、御免なさいっ。

以前とは朝食のスタイルが変わりました。
小さな碗に一杯のご飯だったのに、この朝はキャンプで使うような仕切りのある皿に、この朝はイドリという白いパンとサブジと白いカレースープ、あと揚げ物が付いていました。
立派なモーニングセット、インド版です。変わりました……。

料理長が変わったのかな?以前滞在したときも、南インドから来た料理長に変わったから、南インド料理が出たりして美味しいと誰かが言っていました。また、それから変わったのでしょうか。
ダイニングのスヴァーミーの仕事は大変です。
まず、ほっと一息とか、ぐ〜っと瞑想したりとか、そのような時間はきっとありません。
毎日休みなく食事作りですし、作ってもすぐ片付けと、瞬く間に来る次の食準備です。

まあ、考えれば主婦だってそうです。365日休みはありませんし、みんなの休みこそです。
が、量が違います。食事の回数も、わたしたち食べる方は三回とティータイム入れれば四回ですが、
昼と夜は二部制です。

朝も早いし、夜も片付けや翌日の合間にきっとサットサンガがあるのでしょう。
ダイニングのスヴァーミーは朝の瞑想は出られないでしょうし、夜のサット・サンガも仕事を残して出席されるのではないでしょうか。

以前のこと、ダイニングのスヴァーミーが変わった時そんな話題になりました。
だからダイニングのスヴァーミーは消えるようにいなくなったり、
修行がしたいと申し出されたりしてよく変わると言っていました。

わたしはそのときに思ったんです。
日々こそ修行で、日々こそわたしに成長を与えてくれると。
まさにシヴァーナンダ師がおっしゃられる「日常は学校です」と。そして起こることすべて「グラウンドは私たちを成長させます」と。

少々ストイックに聞こえるかもしれませんが、たいへんな時こそ工夫し、精神を集中して整え成長があると思うのです。病気になったり、怪我をしたり、そのときに人は自分自身と向き合います。

ハレー ラーマ ハレー ラーマ ラーマ ラーマ ハレー ハレー
ハレー クリシュナ ハレー クリシュナ クリシュナ クリシュナ ハレー ハレー

……と、そんなことを考えながら、
わたしは黙々と、チャイを飲み干していました。

もぐもぐ。

今日は、ヨーガスヴァルーパーナンダジーのダルシャンに
わたしたちは出席です。

……あっ、その前にご挨拶に行かなくちゃ!

もぐもぐ。

ハリオーム🙏
——
つづく〜

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26.02.19

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朝のメディテーション(vol.13)

10月25日(土) サマーディ・シュライン。
アーシュラム滞在二日目ですが、早朝瞑想に参加するのは皆さん初めてになります。

メディテーション・ホールと呼ばれるサマーディ・シュラインの入り口で靴を脱いで、膝づきます。
額を床に落として礼拝してから入っていきます。
正面に向かって右は男性、左が女性です。
中央を静かに歩いてゆき、正面奥にシヴァ・リンガ(男根)が祀られているので、
その前で再び正坐し、投地礼拝します。
シヴァ・リンガの祀られている部屋は、奥に続く、だいたい四畳ほどの小さなスペースです。神社の内宮のような場所といえばよいのでしょうか。ただ日本のように建造様式にまでこだわったつくりなどではありません。きれいな場所です。
白い大理石で囲まれていて、壁にはグルデーヴ・シヴァーナンダの写真、花輪がかけられ飾られています。中央が御神体、天地創造に及ぶ象徴、リンガが、水が流れるヨーニーで囲われてあります。
シヴァ・リンガについては、また次の機会にお伝えします。

奥のスペースに入る手前には、両側にシヴァーナンダさんの等身大の写真があります。ここでも礼拝します。

インドではとにかく礼拝する場面が多いのです。〈礼拝すること〉は、心が素直になる、心の余計が洗われる薬のようだなと感じます。礼拝する度に、礼拝するときの気持ちと向き合わされます。だから礼拝は次第に、
とても自然な礼拝へと変わってゆくのではないかな、と。い気持ちのままの姿になってゆくのではないかな、と。これはとても不思議な作用だと思うのです。

私は女性側の中央あたりに坐りました。わたくしの後に三人も坐られました。
プラナヴァ(オーム)三唱です。

アーシュラムの響き……
静かに目を閉じ、身体を閉じ、心と向き合います。

ジャヤガネーシャ唱誦。
いま、あらゆる顕れと坐っています。
つづくデイリー・プレイヤー(毎日のお祈り)。

祈りの響きは
深いところを奮わせるようです。共に高唱したい気持ちがあふれてきます。
初日であるので、わたしは
受けるのみにしようと感じ、ただ聞こえてくる経の響きを受け入れる〈いま〉にしました。
そして、この溢れてくる奮起は、今日に尽くそうと決定心を内に置きました。

おそらく、こういうのを肌で実感したくて、わざわざ遠く日本からインドに来るのではないでしょうか。
・・・
・・・
ふと、その場に居るかのように、かつての場面が蘇ります。

みなさんはこのインド北部、ヒマーラヤの入口、リシケーシにいらっしゃいました。
ようこそ!(合掌、スマイル)

そして、静かな声で、問いかけられるのです。

あなたは、
何をしに来たのですか。

なぜ、
ここまで来たのですか。

ヨーガを学びたいとは、
いったい何を、
どのように学びたいのですか。

家族は、送り出してくれましたか。
仕事は、整えて来られましたか。
ご両親は、お元気ですか。

あなたは、誰で、
どんな人で、
何を望み、
何を抱えて、
ここに来たのですか。

・・・

わたしは日本でも、時折この場面が蘇るのですが、
このとき、再び、湧くように浮かんできました。
スヴァーミージーと呼ばれる方は、なんとも喩えがたい広さと深さがあります。
そのやわらかな物腰と、もの静かな口調は、何でも受け入れてくださる海のようであり、
波を翻しわれわれを呑み込んで、深い水底に独り坐らせるようでもあるのです。
心の内の奥で、声、音(言葉)だけが、音波のように入ってくるようなのです。

そう、
わたしたちはここで、スヴァーミージーと呼ばれる人たちの話を聞いたり、ここで人生をかけて修行に来ている僧侶の姿を目の当たりにしたり、修行での響きを肌で感じたくて来るのだと思います。また、わたしたちと同じように、そうした生活にどっぷりと浸かろうとやって来ている人たちを見るのです。

オーム…
オーム… オーム…

終わりました。
サマーディ・シュラインを出てYさんが、「あ〜 気持ちよかったです」と、静かに傍に来て、そう言われました。
合掌☺️(何より、何より。)

(そう、おのおの様 それぞれに感じたおおきなものがあったでしょう……)
(感じたことはメッセージだから、感じたままではなく、感じたことに応えていこうね〜)

そんなことを思いながら、
「 ……•、これから秘密の場所に行きますか? 」

そう、お誘いしてみました。

・・・つづく

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26.02.04

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26.01.26

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10/25(土)──アーシュラム2日目②

Sivananda-asuram

◆ 共同生活
このときI.Kさんのアラームが鳴りました。

早朝瞑想は5:30〜と冬時間です。
ぎりぎりに飛び込むわけにはいきませんので、部屋を5時10分くらいまでには出たいものです。
昨夜わたしたちは、起床時間を4時にセットしました。

わたしがひとりフライングで10分前にセットしたのには訳があります。
4人部屋で洗面所とトイレがひとつだったからです。
独りでするので、みなさんとの時間内でするわけにはゆかないのです。
それで10分前に起きたのです。

みなさんとの時間内でするわけにはいかないのはなぜかと言いますと、つまらないことを掴んで離さないでいるのでは?と言われそうです。

そうです。
その通りです。
執着です。

これだけは、ゆずれない。
独りのときに、交わしたいのですね……。

サーダナ・エゴです。

『シヴァーナンダ・ヨーガ』という師の著作にある一文で、                              「ガンジスの右岸では毎朝この時間帯、かなり強い風が吹きます。グルデーヴは厚いコートとヨールをターヴァンのように巻いて、いつも4時きっかりに部屋から出て来られました。小さなクティールから出てこられる悟りを開かれた聖者のお姿はとても感動的で、わたしたちはたいへん勇気づけられたものです。」

こんな場面が出てきます。
初めてこの一文を読んだとき、弟子でこの一文を著すスヴァーミー・ヴェーンカテーシャナンダさんの気持ちが手にとるように分かり涙が溢れてきて頷きました。
また、
「グルデーヴの部屋には小さな祭壇があり、その祭壇でのプージャが終わらない限り、ご自分は何も召し上がりませんでした。」
この一文も同様も、シヴァーナンダさんの本意は分かりませんが、

(あ〜わかるような気がする。
初めの感覚は大事。
毎朝、誕生したてのようなこの小さな体という宿に、
いったいどのように響くのか、
何がどうなのか
丁寧に観察し、感じ、受け取りたい……)

と思うのです。

勇気づけ合えるもの同士の生活。互いにひとつの志に向かい、共同で応援しあい、高め合う毎日。
このような生活は誰しもに平等にあたえられているのだと思います。

人間としてここに誕生したというのは、ここで、応援しあったり、勇気を与えてもらったり、与えられることに気付きなさいということなのだと思います。
人間として、関わりの中に誕生できたことはギフトです。
ただしそれは、関わりが中心ではありません。
誕生し与えられたこの魂の成長過程に

必要

という意味でギフトです。
中心は関係ではなく、それに気づき高めようと歩む自己の霊性の成長です。

「おはようございます」
I.Kさんは言ってくださいました。わたしもその心に応じて合掌して頭を下げました。

「洗面所に入ります」。「これよりトイレを数分使わせていただきます」。「服装はこれでよいでしょうか」。
YさんやKさんも起きたようで、順番にこちらの部屋にあるトイレや洗面所へやって来られます。
「おはようございます。」
微笑んで見せてくださいました。

わたしはみなさんの挨拶や、それぞれのどの言葉にも深々と頭を下げました。
(ええ、どうぞ、どうぞ。)
(おはようございます、今日も一日どうぞよろしくお願いしますね。)

5時10分
「では、出発しましょうか。」

イシュヴァル・バーヴァンを出てまだ真っ暗な階段を静かに降ります。

コツン、コツン。
わたしの木靴、サボの音が響きます。

サボはサンダルですから装着が楽なので、たくさんの場所を回るアーシュラム生活には向いているのです。が、音が立つのは失敗でした。
気を使って歩かねばならないので、体重の掛け方のコツをつかまなくてはなりません。
気づかいはこんなところに使いたくありません。

Ishwar Bhavan。
この宿泊所の名前ですが、イシュヴァルと呼ばれていますが、梵語だと

イシュヴァラ・バーヴァナīśvara-bhāvana

になるかと思うのですが、どうなのだろう。
. . .
思っていれば、きっといつか教わる機会や尋ねられるときがやってくるでしょう……。

梵語辞典では
Īśvaraは「自在なる主(主宰者)」、
bhāvanaは、「住まい/建物」あるいは「育てること・増進」
といった語感があるようです。

夜明け前、月明かりの中、メディテーション・ホールへ向かいます。
やはり、先頭を歩かせてもらいました。

黙って歩いていきました。
途中、黙々とひとりゆくのもどうかと思って振り返りますと……

3人とも静々と 歩かれていました。
それぞれに何かを味わっておられるのでしょう。

ハリオーム🙏
——
つづく〜

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