トリャンバカム・ヨーガ・センターについて ヨーガ クラススケジュール 料金について よくあるご質問と体験者の声 アクセス/コンタクト 講師プロフィール
news/blog
お知らせ
YOGA生活
支援活動
レッスン前の話
クラスの様子

todays-tyc


26.01.07

Category { 月刊新聞 }
Comments  { 0 }

幻の月刊しんぶん。
下記をクリックください。pdfでお読みいただけます。
月刊紙一月


26.01.01

Category { 月刊新聞 }
Comments  { 0 }

IMG_5476
(Vol.10)
◆三つ目(トゥリ)は、忍耐?🧘‍♀️

まだまだ、まだまだ、初日の話は続きます。
今日の終わりのサットサンガ。これが一日の最終行事です。

これが……おほほほ〜っ、お長いのよ。(お覚悟、よろしいかしら?)😅

思いはメンバーに向けて……、いやいやもっとも向けられているのは自分にです、ハイ(笑っ)。食事から戻り「ただいま〜 美味しかったね〜」。「さあ、サットサンガに行くよ〜」。和らかな声の主はオニ?!

『Daily Prayer』(毎日のお祈)、この一冊を持ちます。みなさんには、説明会でお見せしましたが、すぐにライブラリー(アーシュラムの図書館で購買もできます)で購入するので大丈夫ということでしたし、わたしもそれが良いと思い、みなの分の本は持参しませんでした。

部屋をみんな揃って出ました。このイシュワル・ヴァーヴァンⅠ(アーシュラム内の宿泊施設の名前)の部屋は二ついただきましたが、中は中央の壁に扉があり、二部屋続きの部屋でトイレと浴室は共用。二つある出入口は一つに決め、南京錠を一つして四人そろって鍵をかけて出ました。

出るときはもう内心ヨロヨロです。でもシャッキリして向かわねば、初日ですもの! このアーシュラムの校長先生、総長のヨーガスヴァルーパーナンダ・ジーとお会いします。

実は――受付での手続きが無事に終わり、ほっとしたのも束の間、わたしの心には、またひとつ小さな“気がかり”が生まれていました。オデキのようですね。治ったと思うとまた一つ出るのです。
到着したらまず、総長先生のもとへご挨拶に伺おうと考えていたのです。ところが、レセプションでお尋ねすると、首を横に振られました。
「夜7時のナイト・サットサンガに出なさい」「行けば会える」と。

そして、このことは、事前にあき子さんとのメールのやりとりで予測していました。「もし、到着してすぐご挨拶できないまま夜のサットサンガになったら、サンガの後に引き止めてのご挨拶はやめた方がいい、翌朝に」と忠告を承っていたのです。ですから、午後にご挨拶できなかったわたしの胸中には、会えないままで日本の連中が顔出しする格好になったので、少し心苦しく思っていたのです。挨拶が翌日になるな、と。

まあ、どんなことも時間という流れの中に流れ込んでいくのです。不安な気持ちがあろうがベルトコンベアーで運ばれるようにナイト・サットサンガをするサマーディ・シュラインへ。サマーディ・シュラインはヴィシュワナート・マンディールの横、同じ並びにありますが、ヴィシュワナート・マンディールが階段を登って入口が高々一段高いところにあるのに対して、サマーディ・シュラインは、平坦場に奥まで広がります。

入口で靴を抜き、段を二つ上がって額を付け挨拶。先頭でまた入らせていただきマス。今度は、先頭あとに続く後ろがどうなっているかなどは、もはやわたし(ヨロヨロ)にはどうでもよい(信頼している人たちだからです!)、振り返りもせず入りマス。

ジャヤガネーシャ で始まりました。
ここから事前説明会で話をしてきた実践です。
「19時から21時過ぎまで。坐法をとって、無駄話なしで聴きましょう」

これは、かつて私自身が研修で言われ、背筋が伸びた一言でした。みなさんにもそのまま伝えてきたのです。そう、わたしは説明会でそんなことを言い放ったのでありました。……こりゃ、自分が一番タイヘンかしら?!

◆――そして、「聴く」時間の夜…ヨル…寄る…。

マントラの高唱が続きます。
聞き覚えのあるマントラが出てくると、ちょっと嬉しい。しかし、ほとんど分かりません。マントラの朗唱はだいたい30〜40分続きます。その後、参列者側からのキールタンがあって、その後が日ごとのゲストによる、いわゆる〈サンガ〉「交わり、高め合いの交感」が始まります。この日は、一人の男性が前に出て、何か講話が始まったようでした。英語ですが、もう思考は電池切れ?内容理解しようというスイッチは切れてしまったようで……御免なさい。ときどき「yoga」とか「happiness」と聞こえてきます。 ‘しあわせになるヨーガ’という話のようでした。ちなみに余談を失礼すると、〈しあわせになるよ〜ga〉と題した連載記事を、早朝のヨーガクラスの後の通信ヨーガ、〈ヨギうた〉で配信しています(笑っ)。ここでは、『ウパニシャッド』と『ギーター』から引用してのお話しでした。

今日の行事が終わりました。
朝、癒しのブッディスト・センターを出て、アジェイのヒンディー・レッスンをたっぷり受講?して、目的地に到着して、不安と心配を乗り越えて、目的地での目的だった、アーシュラム生活が始まって、その三つ(トリ)を終えた初日でした。

ブッディスト・センターでのインドでの初夜、わたしは一日の終わり方に反省を感じ、みなさんに「毎晩寝る前に顔を合わせてから寝ましょう」と提案したのです。そう、これからきっと多くのことが起き、心は思っているよりもずっと多くの経験をするにちがいありません。こころの内に起こっている思いや疑問を「明日でいいや」としてはいけないな、と思ったのです。確か、翌朝の、静かで美しかったエレガントな朝食の席で伝えて、3人は納得してくださいました。

そう、くたくたで ヨロヨロで眠いのですが、「いいかな?」と声をお掛けさせていただき、リシケーシのシヴァーナンダ・アーシュラムのイシュワル・バーヴァンでの初日の終わりの〈四人サンガ〉をして寝たのでした。みんな眠そうです。御免なさいねっ!

(私って、ちょっと鬼かなあ〜どうなのかな〜💤)
(三つの行事に参加した初日か〜)
眠りゆくわたしの頭の中は、あっちに寄ったり、こっちに寄ったり…
うすら、うすら、ゆらゆら、ゆらりと連鎖が起こっていきます…

今日はアーシュラム行事の三つ……三…。
イブニング・サットサンガに出ることができましたね〜
アーシュラムの夕食をいただきましたね〜
ナイト・サットサンガに出ることができたね〜

三、3、トリ……。
トリは「3」のほかに「三つ性すべてにおいて」という意味も
あったなあ〜。
「三性」はトリタ trita――
ヴェーダの三神……インドラ、ヴァーユ、マルト。
電光の三性、三相――。

おお〜っ 電光ごとく飛び 散り ゆけ〜 みんなも三神のごと
くゆくのだ〜  おお〜トリタらよ!!

眠りに落ちるときに心が寄っているものというのがあると思いますが、どうでしょう、ありませんか?
わたしはこの頃、自分が夜に何に寄って(酔って)寝たか、翌朝思い楽しいんです、ハイ。

続くう〜 (-_-)zzz

📎 ブログは下のQRコードから
※スマホで読み取ってください
※「トリャンバカム新聞」から前に戻ってvoi.1~ご覧いただけます
frame (2)

■ ヨーガの開講スケジュール・月間予定は → コチラ
■ その他のご案内は → コチラ


Tryambakam Yoga Center

26.01.01

Category { 月刊新聞 }
Comments  { 0 }

IMG_3645 2

初日のトリ!(vol.9)

※ここで言うトリは、「締め」や「山」という意味ではなく、

初日のアーシュラム行事「三つ」トゥリtriの意味を指します。

・キールタン;イブニング・サットサンガ(vol.8)

・夕食(vol.9)

・ ナイト・サットサンガ(vol.10)

◆二つ目(ドゥヴィ)は「・・・美味(うま)っ!」🙏

感傷に浸っている暇なく、階段を一挙に駆け上がってダイニング・ホールに到着しました。

ガンガーでのアーラティの祈りから一転、今度はこの無言にならざる得ない駆け上がりです。〈聖と俗〉の混沌に、はにかむわたしの心。間髪と間のない様相が〈聖なるもの〉と〈俗っぽさ〉の隔てを取払って、同時に両者が丸裸になって浮き彫りになります。

初日の晩ご飯はカレーです。ってか、この後ずっとカレーですし、カレーしかありませんが(大笑っ)。

マハー・マントラとよばれるマントラは、ダイニング・ホールのスヴァーミージーの指示で始まります。同時に弟子たちは食事が配給を始めます。その間、順の配給されるたび、頭を下げ受けます🙏。

でも、にこやかにしているとわんさと盛られるので、「STOP」の合図を送らせていただきます。

大きな鍋にサブジやカレースープ、チャパティにライスと順番に皿に盛ってくださるので、まさに配給。

小学生時代の給食は、生徒は並び、給食係に配膳してもらいました。

ここでは坐って待っていれば良いのです。ある意味でいいご身分で…申し訳ないくらいの気がします。

このあとも配給は、あと二回くらいまた回ってきます。おかわり自由というわけの大サーヴィスです。

メンバーのM.Oマユーラ(孔雀)さん(マユコさんなのでマユーラとあだ名)が、目をまんまるにして(「おいしい〜😂」と)います(笑)。

I.Kケーナさんはカレーを見入っています。わたしも(「そうでしょう、そうでしょう、美味いんですわよ👍」)の顔でうんうんと応答。

リシケーシ入りの今日の昼は御馳走でした。夜もこうして駆け上がって来れば、ご飯が配給されて至れり尽くせり&美味っ!の感謝のご馳走です。もう大満足です。

日が重なれば、この食事に慣れて普通になるのでしょうが、こうして初日に思った「ありがたい」と思う感謝の気持ちを忘れないでいたいと思います。

アーシュラムのダイニング・ホールについて、そして食事のことを少し書きましょう。

まず、ダイニング・ホールの位置ですが、そう、何度も書いていると思いますが(笑っ)、リシケーシを流れるガンジス川の右岸、ハリドワール大通り(カンプラヤッグ・ハリッドワー・ロード)にあるアーシュラムの門から急な階段を上がって来て、見えてくるヒンドゥー寺院、ヴィシュワナート・マンディールの上、裏手の高台です。

建物全体は三階建てでなかなか大きく、ダイニング・ホールは二階。三階は、ゲストルームがあります。

八年前、成瀬貴良先生のグループとして滞在したとき、初日から二日間くらいこのゲストルームでの食事をいただいたのです。食器は陶器でした。スプーンにフォーク、チャパティは籠に、ライスも蓋付のボールに、フルーツが盛った皿に、ボーイも二人はいらしたでしょうか、とにかく一流レストランのような贅沢な食卓でした。あまりにダイニング・ホールの食事とは違うので、わたしたちは歓迎に感謝するものの、修行としての滞在でしたので、みなさんと一緒のダイニング・ホールでの食事にしたいと希望を伝え、戻していただいたということがありました。そのとき、ヨーガ・スヴァルーパーナンダ・ジーにお願いをしたのはわたしでした。みんなズルくて、わたしは英語はほんとうに話せないのに「智子さんが言って」とか言うので、わたしはツラくて、でも頑張って伝えたのです。当時ヨーガ・スヴァルーパー先生は副総長で、何かとわたしたちの面倒をみてくださっていたのです。

その、修行中の人や、一般みんなが食事するホールは、何人くらいの人たちが一斉に入れるでしょう…四、五十人というところでしょうか?

一階入口前は下足箱があって、そこでみんな靴を脱いで入ります。入ると正面奥に〈女神アンナ・プールナ(アンナannaは「食、食物(米)」)〉が居られ、手前右は給水湯(自由に水を汲めます)。

ホール内は床に布が敷かれていますので、その布の上に坐ります。入口を入り右手側が男性列で、左が女性列です。唱えられるマハー・マントラは、食事が全員にゆきとどいた頃に食事のマントラに切り替わります。『バガヴァッド・ギーター(以下『B.K』)』Ⅳ章24説、アンナ・プールナへの祈り、ガンガー・マーへの讃歌が捧げられます。

食事後ふたたびマハー・マントラと祈りが捧げられれば立ち上がってO.Kです。それまでは食事が終わったからといって勝手に終えてホールを出てはいけません。当然なようですが、例えば、朝と昼の後半(昼は二部制)はマントラはありません。そういうときなのだと思います。夕食や昼食(前半)でわたしたちは経験したでしょう、と問われています。経験することは、経験したではなく、経験をさせていただけた貴重なことなのです。

で、ホールを出て「ご飯終わり」ではありません。食事は食器を洗って戻すところまでが食事です。食事は、食物をいただくことのほか、考えてみると、時間までに食事に向かうこと、礼拝や祈り、食事の道具を片付けることも食事なのです。毎日食事の支度をするお母さんは、食事に向かうことの中に、食材を準備し調理する、整えて振舞うことも含まれています。食事の道具の片付けは、自分の食した坐席を見直すことも片付けであります。そういうすべてを知っている人は、〈食事〉と言ったときにそのすべてを見ていることがヨーギーの食事です。

少し姑、小姑のようになりましたが(笑)、あたりまえに繰り返してきた日常から離れ、こうしてお世話をしていただくと、見直せるのです。

ああ、そうそう、食事は手でいただきます。この時、最初のときからかな、メンバーはスプーンをもらっていたかと思いますが、どうだったたかしら…?そう、希望をすればスプーンはもらえます。わたしは手でいただきました。どうも、スプーンと皿が当たってカチャカチャ立つ音がちょっと苦手なんですね。それからもちろん、手で食べる方があらゆる意味で美味しいと感じるのです。

日本だと、美味しさというのは、味や香りのみならず、冷温など食の温度や彩、また食器などの装飾も含めた食文化としてありますが、残念ながらインドには見られません。しかし、わたくしには、もっともある、文化が見られる、と思うのです。いやいや、どこにもないじゃないかと言われそうですが、ポイントがあって、修行者のための食事として見つめてみると、「ある」と見えてきます。強すぎることのない、騒ぐことのない、感じ取りながらの最高に研ぎ澄まされた文化の象形になっていると思うのですが、わたしの考え、どうでしょう……?

つづく〜

(^^)/~~~

📎 ブログは下のQRコードから

※スマホで読み取ってください

※「トリャンバカム新聞」から前に戻ってvoi.1~ご覧いただけます

frame (2)

■ ヨーガの開講スケジュール・月間予定は → コチラ

■ その他のご案内は → コチラ


Tryambakam Yoga Center

25.12.19

Category { 月刊新聞 }
Comments  { 0 }

IMG_3404

最初はキールタン!(vol.8)

◆グルデーヴ・クティールのキールタン

さあ、最初のアーシュラム行事は、夕べのサット・サンガ。
グルデーヴ・クティールでのキールタンです。

キールタンが終わると、祈りを胸に、全員でクティールの外へ出てガートを下り、そのままガンガーの岸辺でアーラティが始まります。
そしてアーラティが終わると、今度は一挙に、アーシュラムの最高地点――ダイニングホールへと階段を駆け上り、夕食です。
夕食後はいったん部屋に戻りますが、ほんのわずかな時間。歯を磨き、身だしなみを整え、持ち物を確認したら、再び部屋を出て、今日最後の行事――ナイト・サット・サンガへ向かいます。

わたしは過去の経験から、「ここから今日の終わりまでは、一挙なのよね〜」と、すでに頭の中で流れが見えていました。
メンバーはどうだろう……。さきほど、これから続く時間の流れや心づもり、持ち物を一通り伝えたつもりだけれど……
そんなことを思いながら、クティールへと足を運びます。

このときは、一応、先頭でクティールに入らせていただきました。
一度体験してしまえば、飲み込みの早い皆さんは、明日からはきっと大丈夫。
初回だけです。礼節がどうこうというよりも、このクティールに満ちている、他とは少し違う神聖な雰囲気を、最初の瞬間に感じてもらえたらと思ったのです。

あゝ……懐かしい空気の始まりです。

部屋の奥、前方右側。川﨑あき子さんはすでに着席され、こちらを見ることもなく、ハルモニウムに手を置いていました。
そこは、あき子さんの席であり、あき子さんのお役目の場所。キールタンは、もう始まっていました。

わたしは少し急いで来たせいか、胸いっぱいに息を吸い、静かに吐きながら歩みを整えます。
入口で平伏して一礼。
クティールに、グルデーヴに、ご挨拶です。

以前は、ハムサナンダ・ジー・スヴァーミージーが、毎日ここでキールタンを導いていました。
ハムサナンダ・ジーがご高齢になり、ご病気をされてからは、現在はスヴァーミー・グルプリヤーナンダ・ジーがその役目を引き継がれています。
引き継がれたいまも、この夕方のサット・サンガは変わることなく、365日、休みなど一日もなく、毎日ここで続けられています。
人が替わっても、かたちが少し変わっても、この流れだけは途切れない──
そのことに、アーシュラムという場の力を感じます。

以前、ハムサナンダ・ジーと共に手伝っていた、白い衣をまとった若いスヴァーミージーの姿はいまは見かけません。
きっとハムサナンダ・ジーをグルと仰ぎ、そのおそばで、また別のかたちで日々を捧げておられるのでしょう。
今夜は、オレンジ色のクルタを着た男性が、力強い音でハルモニウムを弾き、元気な声でジャヤ・ガネーシャ・キールタンを始めます。

その隣には、あき子さん。さらに若い女性が二人。
一人はキールタンの冊子を静かに配り、終わればすっと片づけを手伝っています。

誰が主役というわけでもなく、それぞれが自然にサンガを支えている――
そんな在り方が、この場にはあります。

穏やかで、やわらかく、あたたかい。夕暮れの空の色が変わっていくように、わたしたちの心も、いつのまにか自由に、正直にほどけていきます。
わたしがキールタンを好きなのは、きっとこの場所、この雰囲気、この積み重なった時間と切り離せないからなのでしょう。

朝に、夕に。
この部屋には、光と風がとても美しく流れ込みます。
ここで暮らしたシヴァーナンダ師。その後、この師を慕い、生涯を奉仕に捧げたスヴァーミーたち。
彼らはここで、同じ景色を見、同じキールタンを歌い、日々のサーダナとして祈りを継いできました。
そう思うと胸がいっぱいになり、できるだけ長く、この部屋に居たいという気持ちになります。

グルデーヴ・シヴァーナンダは、キールタンをこよなく愛されました。キールタンなしに始まる催しは、何一つなかったといいます。

病のときも、死の間際も、誕生も、結婚も、
礎石を置くときも、建物を壊すときも――
いつでも神の名が歌われました。
(『シヴァーナンダ・ヨーガ』)

当時、歌い、踊るスヴァーミーなどほとんどいなかった時代です。シヴァーナンダ師は、たちまちインド中に知られる存在となります。

「キールタンによって、インドは変わるべきである」

そう語る一方で、
「キールタンは単なる音楽会ではない。修行の一つである」
とも、はっきりと戒められました。

この場所は、グルデーヴ・クティール――
スヴァーミー・シヴァーナンダが実際に暮らしていた空間です。

大きな窓の向こうには、悠々と流れるガンガー。正面の壁には、等身大のシヴァーナンダ師の写真。その隣には、使われていた椅子。どの写真の前にも、いつも生花が添えられています。
朝来ても、夕方来ても、花はしおれていません。訪れる誰かが、そっと持って来て、そっと置いていくのです。
川﨑あき子さんもまたその一人です。今もきっと続けておられるのでしょう。
早朝、静かに訪れ、写真の前で一息、深く礼拝し、花を供えられるその姿を、わたしはこれまでもう何度も目にしてきました。

そうしたくなる空気が、今もなお残っている――
それが、このグルデーヴ・クティールです。

この日のキールタンは、グルへ捧げられるようです。グルの歌が続きました。今日は木曜でグルの日のようです。
これはシヴァーナンダ・アーシュラムに限ったことですが、今日のキールタナ を捧げる対象があるのです。
『BHAJAM-KIRTA IN GURDEV KUTIR』 とタイトルされているキールタン冊子の目次は、曜日ごとに分けてあります。
キールタンは神や聖者の名を唱えるために、出てくる名を分類し、曜日ごとにしたようです。

あき子さんがグルデヴ・シヴァーナンダとガンガーのキールタンを歌われました。
あとは知らない曲目でしたが、(…あゝ 幸せ)。
胸はグル(師)の姿でいっぱいで、それも笑ってにっこりと、いっしょに歌っています。

今日は、朝からいったい何があったかと言えば、三日、いえ一週間分くらいのことがあったので、パンクどころか時間の境を失ったぐるぐる🌀です。それがす〜っと流れました🙏。

「オーム トリャンバカム ヤジャマへ〜……」。最後は、マハー・ムリティユンジャヤ・マントラが10回かな、繰り返されます。
そう、わたくしが開くヨーガ教室の名前も入っていますし、よい機会なので紹介します。

大いなる解放への真言
マハー・ムリティユンジャヤ・マントラ
महामृत्युंजयमन्त्रः
mahā-mṛtyuñjaya-mantraḥ

・ mahā 大いなる,  mṛtyu 死,  jaya 勝利・克服,  mantraḥ 真言

三つ目の主(シヴァ)を、わたしたちは礼拝いたします。
芳香に満ち、生命を養い、成長を促すお方を。
熟した瓜が蔓から自然に離れるように、
死の束縛から、どうかわたしを解き放ち、
不死へと導いてください。

ॐ त्र्यम्बकं यजामहे
सुगन्धिं पुष्टिवर्धनम् ।
उर्वारुकमिव बन्धनान्
मृत्योर्मुक्षीय मामृतात् ॥

oṃ tryambakaṃ yajāmahe
オーム トリャンバカン ヤジャーマヘー
sugandhiṃ puṣṭi-vardhanam |
スガンディン プシュティ・ヴァルダナム
urvārukam iva bandhanān
ウルヴァールカミヴァ バンダナーン
mṛtyor mukṣīya māmṛtāt ||
ムリトョール ムクシーヤ マームリタート

・ oṃ聖音,  tryambakaṃ三つ目の主を(tri三 + ambaka目/対格),  yajāmahe礼拝します・供養します(√yaj・1複・中動)
・ sugandhim芳香ある者を(su善く + gandha香り/対格),  puṣṭi-vardhanam滋養を増大させる者を(puṣṭi成長・滋養 + vardhana増進/対格)
・ urvārukam瓜・熟した果実を(比喩),  iva〜のように,  bandhanāt束縛から(奪格)
・ mṛtyoḥ死から(奪格),  mukṣīya解放されたい(√muc・希求法),  mā〜ではなく,  amṛtāt不死から(離すことなく/奪格)

『japa yoga』より

ガンガーに降り、ガート(ガンガーに降りていく石段の下の広くなっている踊り場のこと)でのアーラティです。いつも思うのですが、ガンガーを前に、祈りを唱え、焚かれる日を見つめて、その火がガンガーに舞うのを見ますと、涙が溢れてくるような、言葉にならない胸に込み上がってくるものを感じるのです。もし、わたしがインド、このリシケーシに暮らすことになったら毎日こんなことではハートはいったいどんなことになるのでしょうか。ガートは、ちょっと霊性にガートとは、祈りと日常がそのままガンガー・マーへ溶け込んでいく“境目のない場所”ともいえるでしょうから、ついつい、ハートは子供になっちゃうのでしょう(笑)。

さあ、今度はおセンチになっていられません。
階段を一挙駆け上がります。
もう、この毎日が、わたしは「たまらん」。
たまらないほど、愉快というか、面白いというか――
これが、リシケーシのアーシュラム生活。間髪のないプログラムなのです。
「ハレ・ラーマ ハレ・ラーマ……」
マハー・マントラが響く、初日の夕食が始まります。

ここから先は、また次回のお楽しみに。    
つづく〜 
(^^)/~~~

📎 ブログは下のQRコードから
※スマホで読み取ってください
※「トリャンバカム新聞」から前に戻ってvoi.1~ご覧いただけます
frame (2)

■ ヨーガの開講スケジュール・月間予定は → コチラ
■ その他のご案内は → コチラ


Tryambakam Yoga Center

Page 1 of 6612345678910next »