
◆アーシュラムの一日
そう、5時からは夕方に開かれるサット・サンガです。
アーシュラムには“特別”があります。
建物の造りや仏像の色彩といった外側のことではなく、ただ生活しているだけで内側に何かが芽生える──それがアーシュラム生活にはあります。まるで心に種が撒かれ、少しずつ姿を現すように。
事前の説明会でも、メンバーには「どんな生活になるのか」「何が行われているのか」をお伝えしてきました。
“行ってみればわかる”という考え方もありますが、研修という性質上、心の準備はとても大切だと思ったからです。
アーシュラムの一日は、朝から晩まで、実はとても密度が高いのです。
以前いただいた〈アーシュラムのプログラム〉資料をもとに、順に紹介しながら進めていきます。
下記は過去のアーシュラムのプログラムです。成瀬先生がそれぞれのプログラムについてお話ししてくださり、聴いてわたしがまとめたものです。
アーシュラムのプログラム(新)
行事は自由参加ですが、「滞在者は修行に来ている」という大前提があります。
特に〈夜のサット・サンガ〉と〈バジャンホールでのマハー・マントラ〉は参加必須です。
◆修行とは──「行ないを修める」ということ
“修行”と聞くと、苦しく窮屈なものを想像しがちですが、本来は「行ないを修める」と書きます。
学びを身につけ、行為を正し、壊れたものを整える──サンスクリット語でいう sādhana(サーダナ)。
ヨーガにはヤマ・ニヤマがあり、仏教には五戒があります。
宗教という枠に限らず、「心の平安を求める生活」にはどこかに必ず〈戒〉があり、〈律〉があります。
それは“自分の魂が成長したいと願う力”のあらわれなのだと思います。
◆スヴァーミー・シヴァーナンダの精神
アーシュラムの食事は朝・昼・晩の3食に加え、ティータイムまであります。
主婦にとっては天国のような時間……ですが(笑)、もちろん目的はそこではありません。
ここで、以前まとめた小冊子から、スヴァーミー・シヴァーナンダの精神を少し引用します。
シヴァーナンダを一言で表すなら “奉仕の人”
一口でスヴァーミー・シヴァーナンダという方を表すとしたら、「奉仕の人」といえるのではないでしょうか。
スヴァーミー・グルデーヴ・シヴァーナンダは精神世界に入る前はマレーシアで医師として働いていました。しかし、そのから彼の奉仕の心は大きなものでした。治療費を払えない患者には無料で治療をし、貧しい人にはポケットマネーさえ与えていたということです。
後にリシケーシに来てからも、彼は年老いた修行者や病気のヨーギーのために尽くしました。サンタクロースのように大きな袋を担いでは彼らのところに行って薬や栄養のあるものを与えました。
一方で、自分にはたいへんな苦行を課していました。早朝に、凍るようなガンガーに入っては太陽が昇るまでマントラを唱えていたということです。奉仕と修行は並行して行なわなくてはなりません。
シヴァーナンダ・アーシュラムのスローガンともいえる「Serve, Love, Give」の筆頭にあげられているのがServe(奉仕しなさい)です。
シヴァーナンダ・アーシュラムはヨーガを学ぶためのアーシュラムです。しかし、グルデーヴ・シヴァーナンダは、ここリシケーシのシヴァーナンダ・アーシュラにヨーガを学びに来た人たちに第一に伝えたかったのがServe(奉仕しなさい)なのです。
アーサナや瞑想や哲学よりもまず学んで欲しかったのが他人へのServe(奉仕しなさい)だったのです。そして、これはスローガンなどではなく、グルデーヴ・シヴァーナンダの生き方そのものでもあったのです。
アーシュラムで与えられるすべて──
食事も、部屋も、祈りの場も、
「あなたの内なる Divine(神性)をどうぞ発揮してください」という願いからのものです。
◆滞在申請書に書くこと
アーシュラム滞在には、まず申請書があります。もちろん、わたしもまずこれを書いて提出しました。
・滞在の目的
・その目的に至るまでの精神的経験
・同行者との関係(必要な場合)
アーシュラム滞在をなぜ希望するのですか?と問われ、どうしてあなたは、そのような目的を持つようになったのですか?と、わたしの精神的な経歴まで記します。昔は、アーシュラムに来たときにレセプションで、面接のように問われたことだったように思います。口頭で問われたものが、書式として残っているのだと思います。
◆プログラムについて
今回の訪問も、ほぼ以前と同じ構成です。場所の名前は、変わっています。昔のバジャンホールは、現在はサマーディ・シュラインに。
ヨーガ・アーサナは、現在はクラスとして開講されておらず、女性のアーサナホールは工事中でした。(上記は、先生の話しから作成したので、男性用。女性のアーサナクラスは、かつて午後4時〜5時でした。)
かつて女性アーサナを担当していたニルマラナンダさんのことも耳にしましたが、噂は実際に会うまで判断しないこと──
そう思っていたところ、この滞在中に偶然お会いすることになったのです。「ああ、お会いできた」と、不思議に心が納まりました。
・アーシュラムの朝
- 5:30〜6:30 早朝瞑想
全日、全員で出席しました。
- 6:30〜7:30 シュリー・ヴィシュヴァナート・マンディールでのお祈り(アーラティ)
個人的にですが、私は滞在中一度だけでもと、このアーラティに参列しました。しかし他の日はすべて、この時間帯は〈秘密の場所〉で早朝ヨーガです。
- 7:30 朝食
カーン、カーン……と朝食の合図。
金属を叩くような鐘の音(個人的には、どうしてもお玉で鍋を叩いているような音に聞こえてしまい、笑ってしまうのですが)。軽い音ですが、案外と響き渡るのです。アーシュラム中のどこにいても、呼ばれるように人が集まってきます。
- 10:00〜12:00 講義
かつてのプログラムではヨーガやヴェーダンタ哲学の講義となっている時間帯、現在は総長先生であるヨーガスヴァルーパー・ナンダジーの講義(ダルシャンと呼ばれます)です。わたしたちは4回の出席を予定しました。実際はちょっと変わりましたが、この講義内容は、研修での講座という希稀なものですから、のちに紹介いたします。
ここまでがアーシュラム生活の「午前」。
自然と心が凪ぎ、背筋が伸び、何かが少しずつ整っていく──そんな時間です。
・ 午後
- 11:30〜/12:00〜 昼食
昼食は二部制です。食事はすべてダイニングホールですが、弁当箱を持って来る人たちがいます。比較的若い人で修行者でしょうか。もしかすると、高齢のグルへ食事を運ぶために来ているのかもしれません。
・ 夕暮れ〜夜
- 17:00〜18:30 アーラティ (夕方のサット・サンガ)
アーシュラムに到着した初日の最初のプログラムがこの夕暮れのサット・サンガでした。
グルデーヴが愛されたキールタンは、グルデヴ・クティールで毎日開かれます。どんな日も必ず開かれます。他のプログラムは、短くなったり、内容を変更し代替え行事が入ったりなどありますが、サンキールタンから夕暮れのアーラティまでの、このひと流れで行なわれる夕方のサット・サンガは変わらずいつも実施されるのです。
その名のとおり、ここは聖者グルデーヴ・シヴァーナンダの気配がいまも濃く残る、特別な空間です。
キールタンについては次のところで詳しく述べたいと思います。
- 19:00〜21:30 サット・サンガ
滞在者必須の夜のサット・サンガ。わたしたちはもちろん全日出席です。
ジャヤガネーシャ ・キールタンで始まり、グルへの礼拝、『ギーター』の瞑想と礼拝を唱え、聖典『バガヴァッド・ギーター』をサンスクリット語で読誦。その後に、日毎異なる内容になります。ゲストの講演や捧げの祈りやキールタンがあります。そして最後は総長先生、ヨーガスヴァルーパ ―ナンダジーのお話しです。
毎晩、ゲストがありましたね〜。その内容はこの「リシケーシの風」の時が流れるごとにお伝えしてまいりま〜す。
正直に書いてしまいますと、夜のサット・サンガは……とにかく長丁場でアリマスっ。2時間半です。夢中であっという間だった!という日は…御免なさい、これまでに一度もありませんデス、はい(汗)。夕方のサット・サンガから、追えたら走って食事を摂って、この夜のサット・サンガまでは一挙連なった、まさに修行です。
朝の修行に、夜の修行。日中には、以前はサンスクリット語の学習をしていました。スヴァーミー・ハムサナンダジーがお元気でした。ハムサナンダジーは、いま、アーシュラム内の病室にいらして、午後15〜17時の間のみ、面会が許可されていました。ちょうどその時間に勉強会があったのです。
さてここまで、アーシュラムの一日を見てきましたが、最後に付録です。
◆アーシュラムについて──スヴァーミー・サティヤーナンダの講話録より
ここで、シヴァーナンダ師の高弟スヴァーミー・サティヤーナンダ(のちにビハール・スクール・オブ・ヨーガを創設)による「アーシュラムに関する質疑応答」から、いくつか印象的なことばを紹介したいと思います。
※原文は長いので、ここでは要点のみを抜粋し、わかりやすく意訳しています。
1.質問者:アーシュラムで暮らす意味は何ですか?
「アーシュラムとは シュラム śrama「仕事・労働」という意味の言葉から来ています。
ここでは二つの“仕事”が絶え間なく行われています。
一つは、自分自身を変革しようとする内的な努力。
もう一つは、掃除・料理・雑務などの外側の仕事です。
質素な暮らしの中で、王であろうと庶民であろうと、人はみな自分の答えを見出していきます。」
2.アーシュラムの生活はどのようなものですか?
「アーシュラムの一日は、世界中のどんな生活方法とも大きく異なっています。とてもシンプルで規則的です。
早朝に起き、掃除をし、学び、肉体労働をし、人のために働きます。
宗教的儀式をことさらに強要することはなく、互いに助け合いながら、静かに暮らしていきます。
そして、アーシュラムにいる人たちが最も好んでいるのが、夜、キールタンを歌うことです。強制的でないにもかかわらず、ほとんどの人がキールタンに参加します。
最も“強制されている”ことといえば、
早起きして夜は早く自分の部屋に戻ることぐらいでしょう。」
3.在家の人がアーシュラムに行く理由を教えてください。
「快適すぎる生活は、どうしても意志力を弱くしてしまいます。
反対に、ある程度の不便さや質素さは、心を強くします。
だから在家の人も、ときどきアーシュラムに滞在してみるとよいのです。
子どもにとっても、束縛の少ない共同生活を経験する貴重な場になります。」
4.歌やキールタンの重要性は何ですか?
「音楽は心と神経に大きな影響を与えます。
中でもキールタンは、心を静め、力を与え、
不安や混乱を洗い流してくれます。
それは“単なる音楽会”ではなく、修行の一つなのです。」
5.家庭でアーシュラムの精神を生かすには?
「在家生活の目的は、欲望を積み上げることではなく、
義務を果たしつつ、それらを少しずつ手放していくことです。
アーシュラムで見つけた良い生活のリズムを、
自分の家にも持ち帰りなさい。
質素さと調和のある生活をつくるとき、
在家の暮らしも、とても崇高なものになります。」
わたしたちも短い滞在ではありましたが、このアーシュラム生活の
“質素で規則正しい暮らしの中で、自分を見つめ直す”
このアーシュラムの空気を、少しだけ味わわせていただいたのだと思います。
つづく〜
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今回の研修旅行では、「共に過ごす時間の尊さ」、
そして、「影響を受けることー共存」を改めて感じました。
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川﨑あき子さんをご紹介します。すでに何度も登場していますが、川﨑さんはインド在住25年目ほどになるでしょう。Msngaran Yoga Peatという名前のアーシュラム登録している宿を経営しています。ちょうどトリャンバカム・ヨーガ・センター がオープンした年に宿もアーシュラムとしてオープンされたように記憶しています。
この狛江の教室にも何度もお越しいただいき、キールタンの会やプラーナーヤーマ 講座も行なっていただきました。盛岡の教室(2023.9月閉講)にも成瀬貴良先生と共に来訪され、サット・サンガを開けたこと、そして八幡平・藤七温泉へと続いた旅は深い思い出となっています。
川﨑さんは「10年間思いが変わらなければ」と、自らに問い続けたのち、インド在住を決められたそうです。インドの毎日は揺らいでなどいられません。今日の続きは明日に持ち越さず、毎日が“初日”であり“最終日”。「コツコツ念気を培う」日本的気質はまったく適用しないともいえる世界です。その10年を経てインドを生きる人──それがあき子さんです。
さて、すっかりわたしたちの行動を掌握された川﨑さんから、「ランチをいっしょに食べましょう」と誘っていただきました。
まずはレセプションで部屋のキーを受け取り荷物を置き、手続きはその後で。3時頃までには済ませた方が良いとのアドヴァイス。そのあいだにランチです。
──昔は時間のかかったデリー〜リシケーシ間を、ノンストップで来たわたしたち。1時半にレセプション前であき子さんとの待ち合わせです。前回日本にヴィザの申請にいらしたとき以来、一年ぶりです。
準備してくださっていたレストランは、「ガンガー(ガンジス川)の眺めがすばらしいのよ」という老舗店でした。ゲートから店の入口まで、色とりどりの花鉢並び、その向こうはガンガー。この日のガンガーは美しいミルクグリーンです。大きな窓辺の席に案内され、巻き上げられたカーテンの向こうには輝き揺らぐガンガーが!「おお〜、ガンガーマー。やってまいりましたよ!」
運ばれてきたカレーは食器まで美しく、いかにも“手食”とは無縁の雰囲気です(笑)。見渡せば外国人客ばかり。伝統ある老舗でありながら品格ある店なので外国人にも人気なのだと納得です。
5時からのイブニング・サットサンガで会う約束をし、いったんここでお別れ。私たちはレセプション手続きがあるため、先送りになっていたマネーチェンジに宝石商へ。「後ほど来てください」と言われていた受付時間内になんとか間に合いそうです。もう分刻みの動きです!
◆気になっていた受付、ついに
待ちに待ったというと可笑しな表現ですが、やはり気になっていた受付です。気になることがあるというのは、心の中に小さな緊張が続いてしまいます。
伺うと、C-formは無事届いていました!
それを聞いて、ふっと肩の力が抜けました。もう安心です。
さあ、ひとりずつ順番に、英語の質問に応え、指示に従い、タイミングに沿って、大きな台帳に必要事項を書き、そしてサインをします。
“絶対に大丈夫”と分かっていても、初めての手続きを前にした皆さんの緊張を思うと、なぜか私までドキドキ。
書類チェック──
全員、無事終了!
ほっと安堵のため息がこぼれます……
さあ、アーシュラム生活の最初は夕べのサット・サンガ。
時計を見ると……あら、5時まで、もうまもなくです!
vol.7 ちょっと長いのでここまで①
続きはvol.7-②へ〜つづく!
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今回の研修旅行では、「共に過ごす時間の尊さ」、
そして、「影響を受けることー共存」を改めて感じました。
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10/24(金)──デリーの宿
◆静けさに包まれたデリーの朝
昨日はデリーに到着し、ブッディスト・センター(World Buddhist Center)で迎える朝です。
(あゝ、ここはデリーよ。智子さん、研修がはじまっているのですよ。今日はとうとうメインイベントとなるアーシュラム生活の第一歩を始める日。Cフォーム……。大丈夫、きっと上手くいく。誠実に!)
部屋は二つで予約されていました。一人4000ルピーのドネーションです。だいたい9000円ちょっと、10000円弱。部屋は自然とANA組とJAL組になりました。
思わず目を丸くするほど きれいな宿です。事前説明会で私が語っていたデリーのホテル事情からすると、皆、覚悟していたのでしょう。「えっ、キレイすぎるう〜!贅沢う〜!」と、とても嬉しそうでした。わたしたちの部屋の前は広い寛ぎスペースでした。壁側にはど〜んと金色に輝く仏像。下の階の居間の窓には、そう美しいステンドグラスのブッダの立像がえがかれています。
「デリーにこんな静謐な場所があったとは」。まったくの想定外でした。昨晩は、安堵と、やわらかなもてなしでぐっすり。幸福感が連続して立ちのぼる──しばしデリーにいることを忘れてしまうような、不思議な夜でした。
◆沈黙の案内人たち
入口の扉を開けた瞬間、合掌して微笑む男性が迎えてくださいました。
「靴をこちらでお脱ぎになりお上がりください」
その声は、聞き取れないほど小さいものでしたが、やさしく、それで充分だと分かる静けさを尊ぶ空間の“音”でした。
細身の青年が私たちのキャディケースをひょいと二つ抱え、軽やかに階段を上っていきます。
やがて、また静かに合掌しながら案内され──
「お疲れでしょう。まずはこちらでお掛けになってお待ちください。
すぐにお部屋の鍵をお持ちいたします。」
その優しさはホテルのサービスマンとしてではありません。修行者の“作務(さむ)”としてのもてなしです。ここが単なる宿ではなくて、精神修行者のための “お寺” なのだとすぐにわかりました。
(比較するつもりはありませんが…)これまでのデリーのホテルは、なかなかの “味” があって(笑)、チェックインでは誰かとお喋りしながらで、手続きは大丈夫かと心配していると、ニッコリ。はたまた部屋に案内されると「ほら、大丈夫だろ?」と、シャワーを流してみ見せるスタッフの満足げな笑顔──そんな感じです。
ここの空気はまるで違います。優しい。(あき子さん、本当にありがとうございます…!)
◆ ブッディスト・センターを建てた人──中村さんの話
居間に案内されたとき、担当の方がセンターについて説明してくださいました。丁寧なウェルカムの挨拶の後、ゆっくりと語ってくれたのは、こんなお話でした。ブッディスト・センターの紹介にもなるので、この機会に書いておこうと思います。
——このブッディストセンターを建てたのは、日本の僧侶・ 中村さんという方だそうです。中村さんは 1970 年代にインドへ来て、長い放浪と修行の旅を続けられたそうです。
後で見た写真のキャプションには「1991」と記されていました。その年、中村さんは一般の人々とともに、ラダック──“小チベット”とも呼ばれる北インドのヒマラヤにほど近い地区に シャンティ・ストゥーパ(平和の塔) を建立されたそうです。
さらに、ダライ・ラマ法王と並んで祈る姿、マザー・テレサと共に奉仕活動をする姿など、歴史的な瞬間を収めた写真がいくつも飾られていました。
「ぜひご覧になってください」と、見渡せば、モダンで落ち着いた雰囲気の部屋の壁には、たくさんの写真があります。いつも礼拝の心で鑑賞されていることが見てとれました。修行僧としての深い眼差しの中村さんの写真には、「Gyohmyo」 と記されていました。
静かな語りでしたが、センターの空気がどこか神聖で落ち着いている理由が、すっと腑に落ちました。
——ここには、仏教徒の僧として、またひとりの日本人としての祈りと歩みの姿とが息づいているのだ、と。
◆朝のおつとめ
翌朝6時、私たちは本堂で行われる“朝のおつとめ”に参加しました。昨夜のうちに、きっと早朝のおつとめがあるに違いないと思ったわたしは、伺っておいたのです。
奥の小さな部屋から聞こえてくる念仏。最初はとても小さな声なのに、心に沁みます。やがてご住職がお姿を整え、香が焚かれました。そしてお経がはじまりました。祈りはとても静かに始まり、しだいに太鼓、ドラ、鳴りもの──こころの高揚のように響きは盛り上がっていきました。
知らない言語のお経の合間に、南無妙法蓮華経がありました。三宝帰依のブッダン シャラナン ガッテャーミ、ダルマン シャラナン … サンガン シャラナン ガッチャーミもありました。わたしたちに馴染みある「ガテー ガテー パラ ガテー…」もありました。でも、響きと振動はどの地においても“真理”です。お経はふたたび静寂へと戻ってゆきます。鎮まるほどに、こんどは身体の奥から響きが立ち昇ってくるのです。ヨーガの瞑想やキールタンの後のあの感じと似ています。
みなの顔はすっかり穏やか、仏像のようです(笑)。
さて朝食!
もう、言葉にできないほど新鮮で、美しく、美味しい。
チャイも最高。
(リシケーシに行く前に、いやリシケーシの帰りかな?必ずまたここに来たい──)
心からそう思いました。
そういえば、昨日は空港で諸々ありましたので、実は日本円をルピーにする機会を失っていたのです。支払いをどうしようかと心配していましたが、伺うとまさかの日本円で良いということでしたので、これも一件落着と、もう何から何までありがたい連続でした。宿に着いたときは、アジェイさん借してくださると言うことになっていましたが(こんなリッチな運転手ははじめただなあ〜)、借金せずに済んだのでした。
◆再び旅路へ──リシケーシへと向かう車内
「ナマスカール!」「アッチャー!」「ティケティケ!」
アジェイさんの弾む声が車内に響きます。電話も遠慮なくスピーカー、ヒンディー語がずっと聞こえます。
意味は分からないけれど、不思議と“雰囲気”が感じられ嫌ではなかったなあ(わたしは)。振り返ればシートでぐっすりのO.Mさん。遠くを眺めるY.Sさん。助手席でアジェイさんの話に合わせたり、いろいろ尋ねてくださっているI.Kさん。なかなかいいコンビでバランスがよいなあ〜。
アジェイ(Ajay)という名前を尋ねると「長生き!」と笑顔で答えてくれました。私はつい語源遊びを始めてしまいます。
ja = 「…より生まれた、生ける」
jiva「生命」、jaya「勝利」、jetavana「祇園精舎」……。
アジェイ。
否定の “a” がついて──「生まれのない、生存を超える」。
そうか、魂の永遠さそのもののような…そんな意味の“長生き”なんだな、きっと。
そんなことを一人で考えては、ふふっと笑っていました。
◆再び旅路へ──リシケーシへと向かう車内
「ナマスカール!」「アッチャー!」「ティケティケ!」
アジェイさんの弾む声が車内に響きます。電話も遠慮なくスピーカー、ヒンディー語がずっと聞こえます。
意味は分からないけれど、不思議と“雰囲気”が感じられ嫌ではなかったなあ(わたしは)。振り返ればシートでぐっすりのO.Mさん。遠くを眺めるY.Sさん。助手席でアジェイさんの話に合わせたり、いろいろ尋ねてくださっているI.Kさん。なかなかいいコンビでバランスがよいなあ〜。
アジェイ(Ajay)という名前を尋ねると「長生き!」と笑顔で答えてくれました。私はつい語源遊びを始めてしまいます。
ja = 「…より生まれた、生ける」
jiva「生命」、jaya「勝利」、jetavana「祇園精舎」……。アジェイ。否定の “a” がついて──「生まれのない、生存を超える」。そうか、魂の永遠さそのもののような…そんな意味の“長生き”なんだな、きっと。
そんなことを一人で考えては、ふふっと笑っていました。
◆あれ?もうハルドヴァール?
アジェイさんのおしゃべりは元気で、そのテンポのよさは運転にもそのまま表れていて、気づけばもうハリドヴァール(ハルドヴァールはシヴァ派の読み)!
そういえば、車中で何度も
「ランチは任せてくれよ!」「最高の場所があるんだ!」
と言っていたのですが、わたしたちが「止めて」と言わなかったからか、結局ノンストップでここまで来てしまいました(笑)。
「あっ、見えてきた!」
窓の外に大きなシヴァ神の像──。
ハルドヴァールの象徴の一つです。
少しハリドヴァール(ハルドヴァール)について補足します。
• リシケーシの手前に位置する北インドの聖地
• ハリ(Hari)はヴィシュヌ神/クリシュナ神
• ドヴァール(dvar)は「門、入口」
• シヴァ派の人は Hari-dvAr(ハルドヴァール)
• ヴィシュヌ派の人は Hari-dvAr(ハリドヴァール)
昔、成瀬先生が話してくださいました。
そして、このとき「先生は何派ですか」とおたずねしたところ、
「どっち派?」というのは、好き嫌いで決まる“ファン”のようなものではなく、生まれ持った傾向(svabhāva)のようなもの だということでした。
「実は、私は〈女神派/シャクティ派〉なんですね〜」
とおっしゃっていたのが、今も印象に残っています。
次の機会にクマールさん(占術師)に聞いてみたいな……(密かな楽しみ)。
◆リシケーシが近づく
シヴァ神像が車窓の向こうへと流れてゆきます。
見守られているような気持ちでした。
わたしは再びバッグを開け、〈アーシュラムの手紙〉に記されていた必携書類がすぐ出せるように確認しました。
「よし、オッケー」。
昨晩、メンバーにも「もう一度確認しようね」と伝達済みです。
それに、もし何か見当たらなくても、全員分のコピーはわたしが持っています。
あの C-form も──心配しましたが大丈夫。送信は一昨日完了しています。
C-form には、ほんとうに……驚かされました。
本来、到着前に揃えて送信する書類だったのですが、わたしは存在すら知らず…。
たまたま川﨑あき子さんがアーシュラムのレセプションで
「智子さんのグループの C-form は届いていますか?」と確認してくださったから助かったのです。
添付されているはずの書類がどこにもなく、
アーシュラムに再送してもらい、ようやく手続きを完了……。
どんなに頼りなく見えても、私はこの “トリャンバカム・ヨーガ・センターのリシケーシ研修” のリーダーです。
アーシュラム生活が、いよいよ始まろうとしています。
受付が滞りなく済めば、これからお世話になる私たち四名は、
〈日本の東京から来た、ヨーガを学ぶグループ〉
として受けとめられることでしょう。
アーシュラムの中では、そのようなひとつの“存在”になります。
…また(笑)少し大袈裟ですが、ある意味では“代表”なのです。
つづく〜
今回の研修旅行では、「共に過ごす時間の尊さ」、
そして、「影響を受けることー共存」を改めて感じました。
研修中に感じたこと、気づき、喜びを、
少しずつみなさまと共有できたら幸せです。
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◆時代は変わった──VISA取得をめぐって
さて──時代はすっかり変わりました。いまや e-VISA が主流。
当初、「インド大使館でVISA取得を兼ねてツアーを組みましょう!」などと考えていたのですが、これは見事に見当違い。
・大使館は気軽に入れない
・警戒が厳重
・観光VISAはほぼ e-VISA
教えてくださったのは(株)大陸旅遊の谷奥社長です。インドへ行くたびにお世話になっている“インド通”です。仏塔巡りもされ、ツアー客のために炊飯ジャーを携帯するという伝説の心遣いの人。
谷奥さんの説明を伝えると、わたしたちは自然に──
「自分でやる派(I.Kさん・K.Mさん)」
「お任せする派(Y.Sさん・わたし)」
の二派に分かれました。
──この二派が後にちょっとした “旅のドラマ” を生むのですが、それは少し先のお話。
◆ 現地集合という大胆さ
今回の研修は、なんと 現地集合・現地解散。思えば、この決定がさまざまな出来事を呼び寄せました。
少し余談ですが、最近の「ポイント」文化について。
航空券もポイントで買える時代です。それで飛行機の選択は自由にし、現地集合となったのです。
この「ポイント」、ヨーガで考えると面白いもので──
ヨーガでは〈行為〉が〈モノ〉として積み重なる。だから“ポイント”とは、まさに 意志を伴った行為の累積。現代のポイント文化と重ねると、なんだか愉快なのです。
さて、話を戻し……ANA組2名、JAL組2名。到着はわずか15分差です。わたしの頭には、願いも含まれたシナリオがありました。
「ゲートで『ハリオーム!』と元気に集合!」
──ところが。
いません。
どこにもいない。
空港をぐるぐるしても、いない。
「LINEしてみるね」……通じません。そう、Wi-Fi(SIM)がないとつながらないのです。
◆ SIM問題、そして“現地で設定できない”の巻
SIMについては、みんなで情報を共有していました。現地 SIM の買い方、空港内の地図、会話例……。
そしてわたし自身は、不安だったので 日本でe-SIMを事前購入。着陸態勢に入った機内で「現地での設定手順」を取り出し、「よし、バッチリ」と思っていたのですが──
できましぇ〜ん!
どこをどう触っても設定できません。
ベテラン尚起さんの
「主催者が現地で何もできないなんて、ダメですよ!」という声が頭の中でこだまして、もはや半泣きです。
一方……ANA組の2名は e-VISAの書類不備で別室送り・1時間の問答 という大事件のさなかだったのでした。
◆ ついに──「逢えた〜っ!!」
その後、どこの地点で会えたのか、もう記憶が曖昧です。ただ、
「逢えた〜っ!!」
という瞬間の胸の底からの安堵だけが、じんわり残っています。
気づけば、迎えに来てくれたアジェイさんが「急げ!急げ!」と、わたしたちの荷物を両手にものすごい速さで運びはじめ、わたしたちももうはぐれまいと全力でついていくのみです。たいへんですっ。
ここはインド、デリー。
いま、わたしたちはクラクションが鳴り響く車列をくぐり抜け、感動の余韻は吹っ飛び“走って始まる研修” の幕開けとなりました。
◆静かに訪れる“感謝の夜”
その夜の宿は、川﨑あき子さんが手配してくれたデリーの〈ブッディストセンター〉というところです。
移動車の中で、アジェイさんが川﨑さんへ「無事に会えました」と報告してくれています(笑っ)。
その声を聞きながら、わたしの胸にふっと沁みたのは──
“あゝ、わたしはいつも誰かに助けられて生きてきたのだな”
気づかせてくれる人、導いてくれる人がいる。
わたしは自分で何でもできるタイプではない。
だからこそ、いただいたものは “行いで返す” しかない。
そう思いながら、翌日むかうリシケーシまでの道のりを心に思い描いていました。
そして、アーシュラムからの手紙にあった〈約束〉、大丈夫。きっと無事に果たせます🙏
つづく〜
今回の研修旅行では、「共に過ごす時間の尊さ」、
そして、「影響を受けることー共存」を改めて感じました。
研修中に感じたこと、気づき、喜びを、
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