アーシュラムからの手紙(後編)
手紙の後半には二つの大きな内容がありました。ひとつは 到着時に必ず提示する書類。もうひとつは 到着前までに揃えて送っておく書類。
これはもう、出発前の大仕事です!
わたしはまず、
「全員の e-VISA が取得でき次第、1か月前を目処に必要書類をご返信いたします」
と約束の返事をお送りしました。
◆ アーシュラム到着時に必要な書類
アシュラムの宿泊施設は限られており、また、常にお客様がいらっしゃるため、受付でご用意した宿泊施設をご利用いただき、ご都合に合わせてご調整ください。この確認メールのソフトコピーまたはハードコピーと、以下の書類をご持参ください。1. パスポート原本 2. ビザ/OCIカード原本 3. 住所が記載された書類(原本)と、上記すべての書類の写真付きコピーを、到着時に受付にてご提示ください。
確認のため必ずご提示ください。ご提出いただけない場合、ご宿泊をお断りさせていただきます。
受付の営業時間は午前6時から午後10時までです。営業時間内にご到着いただけるようご旅行の計画を立ててください。
◆到着前に送る書類(メール送信)
外国人ゲストをお迎えするディヴァイン・ライフ・ソサエティは、ゲストの詳細情報をインド政府内務省にオンラインで提出することが義務付けられています。そのため、外国人ゲストの皆様には、ご到着前に、ゲストの皆様ごとに以下の書類を、この「ようこそ」メールとともに、受付デスクまで直接お送りください。
i) パスポートサイズの写真のスキャンコピー
ii) パスポートのコピー
iii) Visa/OCIカードのコピー
インドご旅行の際は、パスポートサイズの写真を数枚お持ちいただくことをお勧めします。
この書類のやりとりは、少し大袈裟に聞こえるかもしれませんが、アーシュラムとわたしたち訪問側の絆です。信頼関係の第一歩だと感じました。
緊張しつつも、誠実に、そしてスムースに対応したいと心に決めて取りかかります。なにも難しいことなどありません。書いてある書類を準備して返信形式で書類を送る、ただそれだけのことです。
そして旅には、到着時に必要書類を忘れない──
ただ、それだけです。
それだけですが、ふぅ〜っ……という深呼吸が必要でした(笑)。
◆ 書類を持つ意味(成瀬先生の教え)
最後に書かれている “パスポート写真数枚” のことは、故・成瀬貴良先生が2017年の研修説明会でおっしゃっていた内容でもありました。
「パスポートを紛失したとき、再発行で必要になるから必ず数枚持って行きなさい。」
そう、今回も持参する書類としてミーティングで皆へ申し伝えました。
◆ 荷物準備で大事なこと
荷物準備で気を付けることは、必要なものの優先順位がブレないようにすることです。
「あれも必要だ、これも必要」
──全部必要なのです(笑)。
でもまずは絶対の三つは
❶飛行機のチケット
❷パスポート
❸VISA
これがなくては日本を出ることすらできません。
次に、わたしたちの研修の目的である〈アーシュラム生活〉に必要書類を整えます。
◆信頼関係についての話
少し個人的な思いを書かせていただきたいと思います。
私が師から教えていただいたことに、
「言われるということはチャンス(機会)ですよ」
「頼まれたことにちゃんと応えられたら、それでいいんですよ」
そのとき胸にわいた「誠意をもってしたい」という気持ちは、わたしにとって “信頼関係とは何か” を考える種になりました。
成瀬先生はこうもおっしゃっておられました。
「ヨーガは信頼関係。信頼関係……ですよね〜」
アーシュラムのスヴァーミージー方は、どんなときもやわらかで謙虚な対応です。冗談を交えたりすることもなく、まっすぐとこちらの拙い英語でも粘り強く汲み取ろうとしてくださいます。たとえ言葉が少なくても、伝わるのです。
そんな姿勢に触れると、わたしの側も自然に背筋が伸び、
「まっすぐ応えたい」
と、そういう気持ちになるのです。
そう……信頼関係は関係です。一方通行ではなく、相互に育まれるものです。
グルデーヴ・シヴァーナンダの言葉に
「世界はあなたの鏡です。あなたがしかめっ面なら世間もしかめっ面をするでしょう。あなたが微笑むなら、世界も微笑むでしょう」
という一節があります。
ただ、「わたしがしっかりしていれば伝わる!」というのとは、少し違うと思います。これは “相互に働きあう鏡” であり、その人との関係の中で日々変わり続ける “応答” の積み重ねです。その経験し合う時間があって、信頼になるのだと感じています。
つづく〜
今回の研修旅行では、「共に過ごす時間の尊さ」、
そして、「影響を受けることー共存」を改めて感じました。
研修中に感じたこと、気づき、喜びを、
少しずつみなさまと共有できたら幸せです。
ブログ、そして月刊の『新聞』(再スタート?)でも、
この美しく吉祥な旅の記録をお届けしてまいります。
どうぞお楽しみに。
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アーシュラムからの手紙(前編)
さて、アーシュラムの一日とは、いったいどのような一日なのか?
そのお話し始めるにあたり、まずはあの〈宿泊許可の手紙〉を紹介したいと思います。(以下、一部抜粋)
聖なる自己よ!
早野智子様
スワミ・シヴァナンダの聖なるアシュラムより、ご挨拶申し上げます。
2025年10月24日から31日まで、3名様と聖なるアシュラムへお越しください。歓迎いたします!
毎日夜のサットサンガにご参加いただき、アシュラムのバジャンホールで1時間ほどマハマントラ・キルタンを唱えるセヴァ(祈り)にご参加ください。アシュラム滞在中は、慎み深い服装を心がけ、アシュラムの神聖な雰囲気を可能な限り保つようお願いいたします。
この手紙を受け取ったとき、胸いっぱいの安堵と喜びがありました。
しかし、読み返してみると──背筋がすっと伸びる内容です。
アーシュラムが滞在者に求めている〈きまり〉と〈姿勢〉が、明確に記されているからです。
◆手紙に示された“必携”の四つ
1. 毎日、夜のサットサンガに出席すること
2. バジャンホールで1時間、マハーマントラを唱えること
3. 慎み深い服装を心がけること
4. 神聖な雰囲気を保つこと
1 と 2 は滞在中の毎日のプログラム。3 と 4 は、時間に関係なく常に求められる姿勢です。
わたしは、手紙のこの部分をコピーして、研修事前ミーティングの最終回で配布することにしました。そして、互いにもう一度、今回の旅の目的、研修の目的を確認し合ったのでした。
◆サットサンガとは?
サットサンガとは、サット sat 「真の」、サンガsaNgha「集まり。交点(河川の交流点など)」、ですから「真の集まり、真理を求める人の集会」という意味です(『ヨーガ事典』)。
では、真理とはいったい何でしょう?真理は、「いついかなる時も変わることのない、普遍的で絶対的な道理や真実」です。真理に向かい歩みつづける世界が精神世界です。精神世界を通じて真理を悟るのです。
では、サットサンガに出れば悟れるのでしょうか(笑)。サットサンガで行なわれのはただ、
・ マントラを唱える
・ 聖典を朗唱する
・ 聖者の話を聞く
・ 祈りを捧げる
それだけなのです。
それだけの中に、種が含まれているのです。グルデーブ(スヴァーミー・シヴァーナンダ・サラスヴァティの愛称)が得意だった指導法です。そこで、悟りの種が撒かれるのです。
ハタ・ヨーガで挙げられるニヤマをもう一度ご覧になってみてください。“必携”の四つと重なります。
インドには星数ほど多くのアーシュラムがありますが、特に北インド、リシケーシのシヴァーナンダ・アーシュラムでは、サットサンガは重要なプログラムの一つなのです。一年中休むことなく行なわれます。そしてアーシュラムに滞在するものは必ずサット・サンガに参加するのです。
◆マハー・マントラとは?
おそらく、聞いたことのある方もいらっしゃるでしょう。
ハレー ラーマ ハレー ラーマ ラーマ ラーマ ハレー ハレー
ハレークリシュナ ハレークリシュナ クリシュナ クリシュナ ハレー ハレー
これを実際に(映像などではなく)聞いたことがある方は、トリャンバカム・ヨーガ・センター など、ヨーガ教室で唱えられた場合。あるいは、集まって唱える、歩いて唱える「キールタン」を見た場合のどちらかだと思います。
忘れられない出来事を思い出します。2005、6年頃のこと。
狛江の泉の森会館の前で働いていたシルバーさん、わたしは、おじさんととても仲良しになっていました。ある朝、わたしの口ずさむマハー・マントラを聴いて、「それ、知っていますよ!」と言われたのです。
なんと彼は、街を歩きながらマハー・マントラを唱えた経験者!これにはびっくりしました。
ラーマクリシュナ ミッションの日本支部が設立された頃(1953年)、ヴェーダンタ協会の熱心な活動のなかで、マハーマントラを唱えながら歩くキールタンの光景が日本にもあったのだと。これは成瀬先生の授業で聴いていたのです。
まさか当時の参加者と狛江で再会するとは……偶然とも必然とも言える、そんな気持ちになった出来事でした。
◆マントラは80年以上、ひとときも途切れていない
シヴァーナンダ・アーシュラムのマハー・マントラは、1943年12月3日以来 一度も途切れることなく続けられています。マハー・マントラは、「偉大なるマントラ」の意味です。1943年は、大飢饉があったそうです。多くの命が絶えグルデーブシヴァーナンダは、地球の平和を祈ろうと、始められたと伝わっています。
いまこの瞬間も──誰かがバジャンホールの中で唱えています。バジャンホールに入れば、あなたもマントラが静かにホール内に響くのを聴くでしょう。
白い衣を着ているのでおそらく修行僧でしょう。一人で、時には二人で。シフト制のように時間が来ると次の人が来て二人が唱え、また一人になって……と、引き継ぎながらマントラは途絶えることのないようになっています。
個人的な話になってしまいますが、わたしは以前からこのバジャン・ホールでただ坐り、ただ聴く。そうやって響きを味わうのが大好きでした。静かな喜びです。
以前から「バジャンホールで1時間ほど唱えるセヴァ(祈り)をする」というきまりはあったのでしょうか?わかりません。宿泊許可の手紙をこれまで手にしたことがなかったので知らなかっただけなのでしょう。これまでは、成瀬先生に許可を取っていただき、それを持ってアーシュラムに滞在したり、先生のお名前を出して泊めていただいたりしてきたのです。
いずれにしても、今回もまたわたしは、楽しんでこの〈1時間のセヴァ〉をするのです。
マハー・マントラが途絶えることなくいつも唱えられている話は、『シヴァーナンダ・ヨーガ』の講座で出てくるものです。
授業では聞いてきましたが、その実際の響きが注がれるのです。人類の平和を願い続けるその祈りのマントラ。その祈りは80年以上も続く場所なのです。
◆ ついに──リシケーシの地に立つ!
こうして最終の準備ミーティングを終え、わたしたちは背筋を正し、いよいよリシケーシの地に立つのです。
そして迎えるのは──アーシュラムに到着したら必ず通る、〈約束の手続き〉という関門をくぐるのです。
つづく〜 🙏
今回の旅では、「共に過ごす時間の尊さ」を改めて感じました。
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旅の準備からはじまっていた導き!
インドの旅は一筋縄ではいきません。
どんなに準備しても、その通りにはいかない。それでも──準備には意味がある。
出発の日、羽田へ向かう道中も“風”が働いていました。
不思議と道が開け、驚くほどスムーズに辿り着いたのです。
研修までの準備ミーティングは三度行ないました。宿泊行事に付属のお決まりのような説明会ですが、白状しますと、これ、わたくし早野がもっとも救われていたりします(笑)。一回目は研修の全体行程や諸費用、必携持ち物。二回目はアーシュラム生活についてと詳細に注意点を、そして最後は直前の最終確認です。 説明しながらリアルになります。結局、あれやこれやと思い出すので、結局バッグパッキングを終えたのは前々日だったでしょうか。
ヨーガの古典からの教えにヤマ(気を付ける5つの戒め)・ニヤマ(するべき5つの戒め)があります。ラージャ・ヨーガ(ヨーガの王道、瞑想ヨーガ)の教えですが、どの派のヨーガにも通じることです。そしてハタ・ヨーガ教典では、さらにその教えは広がり、ヤマ・ニヤマは10ずつの教えとなって伝えられています。紹介します。それぞれが具体的にどのような行為なのかは、この旅の記録を追っていくごとにでてくるでしょう。
メンバーの態度はクシャマーでした。事前に学習会で触れたのは一人ですが、たった一度のことを覚えていないと思います。頭で理解して努めて制しているのではなく、自然になされていました。ハタ・ヨーガ教典では、クシャマーは10のヤマ(ヨーガをするなら「気をつけましょう」の5つ目です。クシャマーは人と悪い関係にならないように我慢したり、自分を抑えたりすることではありません。むしろその逆でしょう。日々、自分自身の心のあらゆる状態を観察し、知っているからこそ、解るのです。さまざまな状況下での相手の気持ちが理解できます。寛容になれるのです。どうしても騒ぐ心の想いに縛られてしまう状況を知っているからこそなのです。他者への寛容な態度は、自らへの態度です。前に進んでいく力が生まれるでしょう。ですから、クシャマーは周囲の人たちのためではなく、それは自分自身のためとなるのです。
ヤマ
禁戒と訳されることの多いヤマ。ヨーガをするなら禁ずる戒めで、対他的な内容に感じますが、これは、実は社会的な規律でも道徳でもなく、個人の魂の救済のためであり、その手段として挙げられるのです。《常に気をつけましょう》の教示と受け止めてはどうでしょうか。
ラージャ・ヨーガのヤマ
1) アヒンサー「非暴力」
2) サティヤ「誠実、正直」
3) アステーヤ「不盗」
4) ブラフマチャリヤ「禁欲、梵行、純潔」
5) アパリグラハ「無所有、不貧、不収賭」
ハタ・ヨーガのヤマ
1) アヒンサー「非暴力」
2) サティヤ「誠実、正直」
3) アステーヤ「不盗」
4) ブラフマチャリヤ「禁欲、梵行、純潔」
5) クシャマー「忍耐。寛容」
6) ドゥリティ「堅固、着実」
7) ダヤー「同情、憐憫(れんびん)」
8) アールジャヴァ「謙遜、慎ましさ」
9) ミターハーラ「節食」
10) シャウチャ「清潔」
ニヤマ
勧戒と訳されることが多く、ヨーガをするなら勧んですべき戒めで、ヤマの対他に対して対自的です。《すること》と受け止めると良いでしょう。
ラージャ・ヨーガのニヤマ
1) シャウチャ「清潔」
2) サントーシャ「満足」
3) タパス 「熱、勤行。苦行」
4) スヴァーディヤーヤ 「学習、読誦、研究」
5) イーシュヴァラプラニダーナ「自在神祈念。神霊への帰入」
ハタ・ヨーガのニヤマ
1) タパス 「熱、勤行」
2) サントーシャ「満足」
3) アースティキャ「神の信仰」
4) ダーナ「布施、喜捨」
5) イーシュヴァラプージャナ「自在神崇拝。敬虔」
6) シッダーンタ・ヴァーキャシュラヴァナ「聖教の聴聞」
7) フリー「慎み深さ」
8) マティ「敬虔な思想」
9) ジャパ「マントラ誦唱」
10) フタ「供儀、献供」
一日のアーシュラム・プログラムをはじめるとき「今日も一日よろしくお願いします。」を、そしてすべての行事が終わると「今日も一日お疲れ様でした。」と交わしていました。何とも言えない、安らぎが広がる時間でした。メンバー面々と併せるとき、もっとも自分自身と向きあっていたのでしょう。
教室も、オームにはじまり、オームに終わりますが、それと似た感覚です。アーシュラム生活が始まりましたが、日々のヨーガの中にもそれがあるということです。こうしてリアルに実感する機会は、「あゝ、日々のヨーガに間違いがなかったんだ」と思えます。ヨーガ発祥の地である、ここヒマーラヤ山麓のリシケーシと変わらないであるのだと思えるのです。リシケーシRSi-keCのリシは「聖人、聖仙、賢者、詩人など」、ケーシャkeCaは「h髪、髭、尾」の意味です。髭や髪というと、ヒンドゥー聖典『バガヴァッド・ギーター』の中では、ヴィシュヌ神の化身(アヴァターラ)として顕現するクリシュナの別名で「ケシャヴァーよ(長い髪を持つ者よ)!」と幾度も呼ばれています。また、シヴァの髪から聖なるガンガーが流れると云われるようになった『ガンガー降下』の神話も有名です。髪や髭はわたしたちは特別ではありませんが、古代インドでは何か隠された意味があるのでしょう。さて、リシケーシについては師の著書『ヨーガ事典』から引用し、紹介します。
「聖者の髭(髪)」という意味の北インドにある昔からの聖地、修行地。ヒマーラヤの山脈の麓、ガンジス河の上流にあり、リシケーシを流れるガンジス河の両岸には、たくさんのアーシュラムやヒンドゥー寺院などがある。
リシケーシはインドの首都デリーからはきたへ約250キロ上がったところにあり、デリーからの交通手段は、鉄道や長距離バスなどがある。途中には代表的なヒンドゥーの聖地で、12年に一度クンブメーラ祭が行なわれるハリドヴァール(ハルドヴァール)がある。ハリドヴァール
からリシケーシへはさらに北へ25キロほど北上。
リシケーシにあるヨーガ・アーシュラムには、シヴァーナンダ・アーシュラム、ヨーガ・ニケタン、スヴァルガ・アーシュラム、TM(超越瞑想)で有名なマハーリシ・マヘーシュ・アーシュラムなど多数ある。外国人も宿泊できるアーシュラムもあるが、中でもシヴァーナンダ・アーシュラムとヨーガ・ニケータンは施設やプログラムなどの面で外国人の受け入れ態勢が整っている。
これらのアーシュラムにはそれぞれの個性や方針があり、どんなアーシュラムに入ったにせよ、そのアーシュラムの規律・生活習慣・指導方針は厳守しなくてはならない。
リシケーシの町とアーシュラムが点在している地域とは少し離れているため、町までの往来にはオートリキシャ(昔はトンガという馬車)などが使われている。
聖地であるためリシケーシには酒類は売っておらず、町のレストランはすべて菜食者用のものである。また、非暴力の戒めが徹底されているために動物たちは自由に街中を歩いている。昔の質素で静寂な雰囲気と比べると、外国人の飲食店・みやげ物店が多くなり、治安や観光は年々悪化しているといわれる。
このリシケーシで、大好きなシヴァーナンダさんのアーシュラムで、滞在は7泊8日です!宿泊許可が下りるまでもドキドキしました。最初に手紙を書いたのは4月でした。半年前で早すぎました!気合いがはいりすぎです(笑っ)。アーシュラムから来た返事には、「10月の宿泊は9月までに申し込んでください」とありました。申し込み時期は今ではない。再申し込みをしてくださいと、こういうことだったのです。
「断られたわけではないのですから。ただ、時期が早いからまた二ヶ月前に手紙をくださいと書いてあるだけじゃないですか」と、アーシュラムを周知されている先輩の二人からは慰められました。確かにその通りです。断られてはいません。でも、宿泊許可の返信ではなかったので、わたしはグスン😢としていたのです。
二度目の再送の手紙。約束通り「9月までに」の文書に従って8月の盆前に依頼のメールを書きました。「welcome!」と、返信の出だしの言葉が目に飛び込んできました!感動の涙!涙の安堵!でございました。
あ〜、アーシュラムにいく前からこんなに大騒ぎで大丈夫かしら?と思うところです。しかし、こうしたすべてが勉強になりました。丁寧に、質問すればすぐに応答くださり教えてくれた高垣尚起さん、そのディヴァインな心遣いの指導。ああ、もしもいつか、だれかに尋ねられることがあったら(まず英語が苦手のわたしに質問はないでしょうが…😅)こんな先輩になれるといいなあ〜なんて心に留めました。
さあ、宿泊許可も無事に下り、わたくしにとっては久方ぶりとなる〈やはり整うアーシュラム生活〉が再び始まります。そして仲間の三名にとっては、なんと〈人生初!〉のアーシュラム生活のスタートです。
つづく〜
今回の旅では、「共に過ごす時間の尊さ」を改めて感じました。
研修中に感じたこと、気づき、喜びを、
少しずつみなさまと共有できたら幸せです。
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追い風
帰国してからも、まだ体のすみずみまで‘ぼわわ〜ん’と、やさしい波が広がっています。
リシケーシの風が、内側にも外側にも響いているのでしょう。
家族やご近所に会うと心はほっとするのに、体はまだ「ここに非ず」。その余韻のなか、日曜朝ヨーガは一度お休みし、三日間は静かに余波を味わいました。
この感覚は、やがて日常に溶けていきます。それは“忘れてしまう”のではなく、身体と心の奥にしっかりと刻まれるということ。ふとした瞬間に、鮮やかに蘇るのです。
同行するトリャンバカムの仲間があったこと、これも護られた導き。今回ともに旅をした3名は、ほんとうに優秀。頼もしく美しかった。
日ごとに健やかさが磨かれ、ハートの輝きが増し、ハタ・ヨーギーの姿そのものでした。
ときに旅ではグループに一人くらいは弱る人が出るものです。付き添う者が現れ、それが負担にもなるものです。しかし今回は、互いの道を尊重し合い、自立し、助けあう姿がありました。合掌礼拝。
そして──
師である成瀬貴良先生の散骨プージャも、聖なるガンガーの元で無事に終えることができました。
先生はガンガー・マーに抱かれ、新しい流れとなって、私たちの中を滔々と流れています。
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