
毎月2回(8日と24日)に掲載しています。今回は、『熱心さが冷めた後の反動』です。興味をもたれた方は『シヴァーナンダ・ヨーガ』をお読みください。
著者である成瀬貴良先生からご許可を得まして、本文をそのまま掲載しています。
熱心さが冷めた後の反動
わたしたちは決してやる気をなくしたり、勇気を失ったりしてはいけません。今行っていることは間違いである、などと考えてはいけません。否定的になってはいけません。積極的になってください。それはとてもすばらしいことなのです。しかし、単なる一時的な熱心さになっていないか、よく確かめてください。もしそうならば、それはある種の反動を引き起こすかもしれないからです。
燃えるような志や目標は必要です。しかし、それは堅実なものではなくてはなりません。風船のように急に上がって行ったかと思うと、すぐに下がったりするようではいけません。もし、それがほんとうの志や目標ならば、みなさんの一生を通してずっと維持し続けられるものです。もしそれが一時的な熱心さならば、何も実現されないばかりか、反動となって同じような力が正反対の方向に表れる危険性もあります。
この「反動」ということに関して、グルデーヴはとても慎重に考えていましたし、弟子たちにも注意していました。そのことを示す一つの例があります。
わたしがシヴァーナンダ・アーシュラムに来たとき、実は友人も一緒だったのです。この友人はとても良い人で、悪い所など一つもありませんでした。
彼はアーシュラムにいる間、グルデーヴを信奉し、一所懸命に働いていたのですが、同時に、あるスヴァーミー(グルデーヴの古くからの弟子の一人)とも、とても仲良くなったのです。それ自体はごく自然なことです。
しばらくして、この古くからいるスヴァーミーが、アーシュラムを出てどこか他のところへ行くことになりました。すると突然、わたしの友人も一緒にアーシュラムを出てどこか他のところへ行くと言い出したのです。わたしには、自分が尊敬しているスヴァーミーが出て行ってしまうので、このままアーシュラムにいることが空しくなったのだと思えました。
彼はグルデーヴに、アーシュラムを去り家に帰りたい、ということを話しました。そしてわたしにも、一緒にアーシュラムを出て故郷に帰ろうと言いました。でもわたしは、まだここに残りたいと彼に伝えました。
その当時、わたしはよく*バジャン・ホール(訳者注:シヴァーナンダ・アーシュラムの建物は山の斜面に点在しており、バジャン・ホールは上の方にあります。)にいました。
一方、グルデーヴはガンジス河近くのクティールに住んでいましたので、バジャン・ホールに用事があるたびに、長い坂道を何回も上がり下りしなければなりませんでした。
そんな不便な状態であったのに、グルデーヴはわざわざバジャン・ホールまで上がって来て、わたしたちにこう言いました。
「彼がそうしたおい気持ちもわかるよ。でも、お前から出て行かないように頼んでみてくれないかい。彼はここに来て1年も暮らしたんだ。もし家に戻ってしまったら、きっと大きな反動が彼を襲うだろう。そうしたら、ここで学んだことのすべてを失ってしまうかもしれないよ。」
そこで、わたしが友人にいろいろ話すと、彼は、父親の身体の具合が悪く、家族を養わなければならなくなったことなどを語りました。
わたしはグルデーヴに、彼から聞いたことをそのまま話しました。
しばらくすると、グルデーヴはバジャン・ホールまで上って来て、こう言いました。
「彼はどれほどの金額を必要としているのかね。アーシュラムからお母さんに送ってあげようと思うんだ。」
そのころのアーシュラムは≪その日暮らし≫の経済状態だったのですが、グルデーヴは言われたのです。
「わたしたちが彼を助けましょう。家族を助けてあげましょう。今まで彼が築き上げてきた精神的な富は、何物にも代えられないからね。」
グルデーヴは、「解脱を求める心」という≪種子≫は、非常に微妙なものであるということを知っていました。それは、わたしたちの心の奥深い所にあり、それを覆っている塵や灰はとても厚いものです。
その種子は大切なものです。グルはその種子を播かなくてはなりません。グルだけが、その種子がどれほど貴重で価値があるか、そして、さまざまな反動から守ることがどれほど大切であるかを知っているのです。
悪い習慣を持っている者たちがしばしばアーシュラムにやってくることがありましたが、グルデーヴはそういうとき、欠点には目をつぶるようにしていました。
わたしはある機会に、グルデーヴの古くからの弟子たち(アーシュラムでも権威のある人たちでした)が、しばしばグルデーヴのところに行っては、あらゆる不平や不満を語っていたことを知りました。グルデーヴは新参者ばかりでなく、このような古い弟子たちにも気を遣わなければならなかったのです。
このようなとき、グルデーヴに仕えていた少年が駈けて来てこう言うかもしれません、「スヴァーミージーがあなたにフルーツをもってゆくようにと言いました。*プラサードです」と。
また、30分後にはだれかがやってきてこう言うかもしれません、「スヴァーミージーがあなたにコーヒーをと言いました」と。
そして、1時間後にスヴァーミージーにお会いしたとき、こう言われるかもしれません。
「最近、お前は輝いているね。光を放っているよ。とてもよく瞑想もしているね。*ジャパもよく唱えているね。*ヴェーダーンタも勉強しているね。たいへん結構です」と。
グルデーヴには、こうすることによって、その人が伸びて行ってくれると分かっていたのです。
最初にたくさんの甘いバターを、それから少しだけ苦い薬を―これがグルデーヴのやり方でした。
グルデーヴは「お前は悪い人間だ」と言う代わりに、わたしたちの中の長所や良い面を見つけて褒めてくれたのです。たとえ、わたしたちに精神的なことに関する熱心さや献身的な態度が欠けていてもです。
わたしたちはお互いに、一人一人が何か素晴らしいものをもっています。それなのに、どうしてそれをもっと伸ばさないのでしょうか。
グルデーヴはよく言われていました。
「おまえはたいへんな努力家だね。お前のように一所懸命に勉強したり働いたりする人は他にいないよ」
このようにして、グルデーヴはわたしたちの中に種子を播いてくれたのです。この種子を播くということがとても重要なのです。それからやさしくこう付け加えるのです。
「なぜ食堂に行って食事を配る手伝いをしないんだい。お前には健康な身体とすばらしい声があるじゃないか。*ローティを配るときにはこう言いなさい、『ローティ・バガヴァン!ローティ・ナーラーナヤン!ローティ・マハーラジ!』と」
グルデーヴはこのようにして「精神的な大望」という種子を播かれたのです。
*バジャン・ホール:バジャンとは「尊敬、崇拝」の意味。シヴァーナンダ・アーシュラムにある施設の一つで、さまざまな儀式やヨーガの講義、サット・サンガやキールタンが行われる。
*ジャパ:「繰り返し」の意味。実際にはマントラを何回も繰り返し唱えること。ジャパには、心の中で・つぶやくように・声に出しての三つの唱え方がある。
*ヴェーダーンタ:六派哲学の一つ。この学派はウパニシャッドの「梵我一如」の一言論の思想を説く、インド最大の哲学派。
*ローティ:北インドの主食の一つで、粉を練って焼いたもの。チャパティ。

大型連休。皆様おでかけでしょうか。
狛江泉の森会館は、会館とともに休館いただいております。
私たちの母体であるザ・ヨーガ・ライフ・ソサエティでは、GWも元気に講座が開催されています。
この機会に是非どうぞ。
明日からのヨーガが変わる?!
そんなヨーガの背景や哲学を学ぶ講座です。
5月4日 土曜日
■キールタン練習会♪
どなたでもご自由にご参加いただけます。
時間>1600-1730
場所>喜多見地区会館1階和室
■ヨーガ教典学習OPEN講座『ヨーガ・スートラ』
2012年4月から学んできました。
時間>1800-1930(学習)/1930-2000(キールタン)
場所>喜多見地区会館1階和室
5月5日 日曜日
■Y.L.S.サット・サンガ
毎月第1週目㈰に開催
時間>1500-1630 質疑応答
場所>渋谷区 代々木八幡区民会館
小田急線代々木八幡駅より徒歩7分
内容>生活に生きたヨーガ 第3弾
『シヴァーナンダ・ヨーガ』をつかってグルデヴの姿に学びます。
★上記3つの講座の詳細や申込みは、こちらから。
hari om tat sat
【5月の特別講座】
坐学『インドの叡智』
ヨーガは二つの車輪を同時に廻し、確かな歩みを続けるのです。気づきを常にもって。
その車輪はヨーガ実習(アーサナによるカラダとココロの修養)とヨーガ哲学を学ぶことです。ヨーガの実習に加えて、インドの歴史から哲学・智慧を一緒に 学びませんか。
日程:5月17日(金) ※毎月第1・3金曜日(5月は1回のみ)
時間:18:30~20:30
場所:代々木八幡区民会館 ※下記地図参照
講師:成瀬 貴良氏
受講料:3,500円/1回 または9,000円/3回
申込み:メールまたは指導員まで
《座学『バガヴァッド・ギーター』》
『バガヴァッド・ギーター』=神の詩を学びます。
人類を導くために、主なる神(クリシュナ)が一個人としてこの地球に出現され、神自らがこの心理を語っています。私たちに大きな恩恵を与えてくれる大切な神のことばが残されています。日々の生活に活きる。清らかに生きる術がここにあります。
日程:5月19日(日) ※毎月第3日曜日
時間:10:00~12:00
場所:喜多見区民会館
講師:早野 智子
費用: 2,500円/1回 または6,000円/3回
申込み:メールまたは指導員まで
info★tryambakam.jp
(★を@に置き換え下さい)
《成瀬貴良先生の代々木八幡クラス》
Y.L.S.グループの専任講師でいらっしゃる成瀬貴良先生。
先生のレッスンが、月2回代々木八幡で行われます。
指導員・研究員も受講しています。ご一緒にいかがですか? ※振替対象のクラスです
日程 :5月10・24日(金)の2回
時間 :19:00~20:30
場所 :代々木八幡区民会館
(小田急線代々木八幡駅より徒歩6分)
【住所:東京都渋谷区代々木5-1-15/
電話:03ー3466-3239】
受講料:2000円/1回
※振替される方はご連絡をお願いいたします。
※受講料金は1回ごとになります。(振替の方は無料)
※畳の部屋での実習のため、ヨーガマットは必要ありません。
―本の紹介―『シヴァーナンダ・ヨーガ』善本社 成瀬貴良氏編訳
今回は、前回の続き『種子を播くこと』の項「種子を播き続けることの重要性」と「一時的な熱心さの危険性」をご紹介いたします。興味をもたれた方は『シヴァーナンダ・ヨーガ』をお読みください。
種子を播き続けることの重要性
毎年、ある季節になると、樹々は数えきれないくらいたくさんの実をつけますが、もし、それらの実のすべての種子から芽が出て大きな樹に成長したとしたら、もはや地上には他の種類の樹木が成長する余地はなくなってしまいます。しかし、現実にはそんなことにはなりません。樹々は毎年実をつけますが、それらの実のすべての種子から芽が出るというわけではありません。それは、神ご自身がそのようにお決めになったからです。
「でも、残りの実は肥料になるではありませんか」とうい人もいるかもしれません。
まったくそのとおりです。まさにそれが、スヴァーミー・シヴァーナンダがなさったことなのです。
グルデーヴは人びとにたくさんの種子を播きつづけましたが、そのほんのわずかな人だけが、自ら大きな樹木に成長することができたのです。しかし、他の人たちにとっても、将来自分が成長するための肥料になったにちがいありません。
スヴァーミー・シヴァーナンダに愛され、導かれ、奉仕された人たち、スヴァーミー・シヴァーナンダによって「精神的なものへの強い欲望」という種子を播かれた人たちのなかにはいま、別のグルのもとで偉大なヨーギーとして、マハートマとして、求道者として輝いている人もいます。それはそれですばらしいことです。
グルデーヴが播いた種子は、このようにさまざまな場面において芽を出し、大きな樹木に成長していったのです。あるいは、精神的なものに無関心な人たちの心の肥料となって、やがてはそのような人たちを求道者に導くかもしれません。これがグルデーヴのすばらしいテクニークだったのです。
グルデーヴはこのように、精神世界に関する知識を積極的に広めた大変な楽天家でした。そしていつかは、それぞれの人たちが自分たちの道とゴールを見つけていくことでしょう。その時節がきて、播いた種子から芽が出るように。
グルデーヴは、「精神的な種子を受け取るための土壌の準備」ができていない人たちに種子を播くことは、悟りに達した人たちや、ある程度の境地に達した人たちの義務であると、強く言われていました。つまり、これはスヴァーミーであるわたしたちがしなくてはならない奉仕であり、やがてこれらの種子はきっと、いつかどこかで芽を出すと思います。
一時的な熱心さの危険性
今のアーシュラムはとても近代的なものなってきて、その生活もかなり快適なものになっています。ですから、このような雰囲気の中では、1940年代の創立当初にここに来た人たちが感じたことを理解するのは容易でないと思います。
その頃はほとんどの弟子は、アーシュラムに来る前にすでに、スヴァーミー・シヴァーナンダの輝くような言葉を本で読んで知っていました。
それらの言葉は、人びとをとても勇気づけたり励ましたりするものだったので、読んだその瞬間、着ているものもかなぐり捨ててヒマーラヤまで飛んで行き、禁欲生活をして自己実現を成し遂げたいと思わせました。読んだ人をそのような気持ちにさせてしまうのがグルデーヴの著書の特長でもありました。彼らの多くはグルデーヴの著書によって励まされ、ここにやってきたのです。
通常、彼らは一着の着替えも持たずにやってきました。それは、グルデーヴの作品“How to get Vairagya”の中の「すべてを放棄しなさい」という言葉を読んで知っていたからです。また、「孤独と静けさを求めなさい」という言葉も読んでいました。そして、彼らはそのとおりにすべてを放棄し、孤独と静けさを求めてここにやって来たのです。
そんな彼らが、この聖地リシケーシに来ると、暖かそうなコートを着てグルデーヴと一緒にいる人を見ることがありました。そんなとき、彼らのほとんどがこう思ったでしょう。
「ああ、彼らは道を見失ったに違いない。わたしがどのように禁欲的な生き方をしているかよく見るがいい。私のこの禁欲的な行き方は、スヴァーミー・シヴァーナンダと長くいる人たちなんかよりも、はるかにすばらしいものだ。彼らは禁欲生活や無執着、燃えるような志というものをまったく分かっていない。わたしはここで毎朝四時から瞑想をするつもりだ」
グルデーヴはというと、そんな彼らをそれなりに評価していました。
「熱心になったことはすばらしいことです。きっと、あなたはすばらしく輝くことでしょう。スカデーヴァのような立派な人になることでしょう。しかし、幼稚な熱心さや一時的な熱狂はいけないよ」
コメント:自らおこすアクションすべてから芽が出なくともやがて肥料となりいつかどこかでステキな芽を出す日が来るかもしれない。シヴァーナンダさんのように広い受け皿をもち、楽観的に待つことが大切なのでしょう。芽が出ることに期待したり執着している時というのは心苦しいものですよね。共にヨーガという種をわたしたちの心に播きましょう。播き続けることでいつかひょっこり芽が出るかもしれませんね。^^
コメント: 1012年10月にシヴァーナンダ・アーシュラムから来日されたスヴァーミー・ヴィシュアル・パーナンダジーは、「ヨーガはもともと持っている清らかさを回復させる」とおっしゃっていましたが、シヴァーナンダさんの著書を読んだ者の心に同じような作用があるのではないでしょうか。精神的な種はヨーガの実践や美しい言葉、清らかな響きからも植え付けられるようです。シヴァーナンダ・ヨーガを読むこと、バガヴァッド・ギータやヨーガ・スートラと学ぶこと、毎日のサーダナ、クラスの実践などヨーガ界の先人たちが播いてくれた精神的な種がこうして現代にも拡がっているのだと思います。自分の中の種に水と光を与えましょう☆彡



















