新しい一日のはじまり。
被災地での2日目です。
4時 起床 できたのかな?
4時半 瞑想 したのかな?
6時半 朝食 ちょうどこの頃智子は盛岡駅
7時半 手作りランチを持って「さあ、出動〜!」
智子さんも盛岡をJRバスで出発!
食事はベテラン寺崎慈子先生と空間デザイナー柳沢ゆきさんが活躍してくださり、すばらしい朝食とランチをごちそうになりました。
野外活動初めて!という駒沢大学で経営学を学ぶ永井優貴さんと山口里那さんはかわいい〜ので、いるだけですばらしい!と、隊長満面の笑み。

二日目。みんな元気です。
9時宮古市ボランティアセンター集合。
宮古市災害VCには、全国から土日ということもあって、多くのボランティアがいらしていました。スタッフも多く、システムもすっかりできあがっています。事前に申請をしてグループの人数や男女構成、継続可能時間によって仕事に分かれるシステムです。我々は5名チーム。

宮古はさすが!こんなボランティアセンターができていました。

「え〜っ貸自転車なんてあるのお〜すごいじゃないっ」(寺ママ)

(ボランティアにきたけど)「わ〜い、何かたのし〜なあ♡」(里那)「何かいいじゃない」(寺ママ)

到着すると、お願いされた仕事は、駅前の花壇の花の入換えです。「ドロ出しじゃなかったの?」「ばっちり長靴装備で、腰がいたくならないよう整骨院でととのえてきたんだけど。。。」・・・イベントが駅前ステージで開催されるとかで、それまでにきれいにしたいのよ〜ということです。「確かに。わかりました。きれいに美しく。宮古元気だよ!って聞こえてくる街つくりをしましょうっ」

宮古駅前2キロ間の花壇やコンテナに花を〜


マグロ船に36年乗っていたおじさん。その半生話が面白かった。自分の町は全滅したのでタバコも買えねえ。駅前まで買いに来るのよ。
・・・街行くおじさんやおばさんがボランティアにご苦労様ですと気さくに話しかけてくれます。
マグロ船員だったおじさんは、「マグロ船はよ、一年航海を2回出ればあのころ家が建ったもんだ」って言っていました。それだけ命を張って家庭を犠牲にした厳しい仕事なのだと思います。今は船が無くなりなり、財を失い・・・ボランティアでもこうして若い人が街に来てくれるのをみていると、それだけで励みになると話されていました。
・・・タクシー会社を経営している植裁のリーダーの方は津波当日の車の避難の様子を教えてくれました。われわれが2週間後に宮古に入ったときには、商店街総出で膝をまくって浸水した泥出しをしている状況でした。「ほんと必死でしたから。」とはいえこの何事もなかったかのような店舗の復旧ぶりは感心するばかりです。商店街の壊れた電柱や店舗はもうすっかり治っているんですから。素晴らしいです。

みんなで大花壇を。「た〜だ植えてもダメよ。ほら、高校生!アートの特技を活かせるじゃな〜い。」寺崎ママのお見事っ!な指示力で、2日分の仕事が1日で終了〜

終了〜撤収〜!参加者のチームワークが素晴らしかったらしく、予定2日分の仕事を1日で終えました。
花壇の植え替えなんて、最初は拍子抜けしていましたが、こうしたさりげない草花が町に添えられることで、落ち込んでいた商店街の人達がどんなに勇気づけられ、生きる力を与えられたか、被災直後から地道に活動をされてきたまちづくりボランティアの皆さんのお話を聞いて、まだまだいろいろ出来ることがあるなと刺激になった一日でした。
宮古〜小本へ
小本仮設住宅で支援物資配給とヨーガをしている智子と!
「あー会えたあ。待ってたわよ〜」
「こっちはがんばってきたわよ〜」
「ヨーガはどうだった?」
互いの報告。でも、それは車の中でね。
岩泉の「てどの蔵」へ行かなくちゃねっ。

小本仮設住宅。智子さん合流。
車の中で情報交換です。
智子の方は・・・
12時岩泉町のはやの商店前(バス停)に到着。
バスが来るのがわかっていたの?商店の前にずらりと並ぶ早野商店の貫一おじさんやスタッフのみなさん。手を振っています。バスの中の私思わず「こんにちはー」っと声を上げ手を振った。バスの中だってこと忘れてました。そんな風に待っていていただいたら、思わずそうなっちゃう。(「田舎ですから、一日にバスはたったの4本ですから、わかりますよおっ」とおばちゃん)
お昼の蕎麦も用意されていて、本当にながれるまま。
私が一人なので、支援物資配給やヨーガ実習を一緒に手伝ってくれるという商店の皆さん。あーっカタジケナイっ。ありがたい。
車で20分 岩泉町から小本仮設住宅へ。
13時から支援物資配給ですが、到着がちょうど13時。
告知もしていなかったので、誰も集まるはずなく。
物資を預かっていてくださっていた、ここに住んでいる親戚、早野善彦さんのお家を探す。
一番奥の棟だった。
一つの棟に5件だろうか、長屋のようにつながっている。
プレハブです。
とっても静か。
荷物を預かると、ちらしを配ろう!ということに。
もう、時間を過ぎているけれど、手分けしてポスティング+直接手渡し。
すると、配っている後ろからもう集会所に向かう人々の姿が。
「えっ、まだ何も用意していないんですけど」
急いで集会場で、物資を並べ、
その間、まっていていただきました。
ほんの5分です。
「用意できました。」
「少しかもしれませんが、皆さんがきっと喜ばれる物があつまっています」
「ヨ—ガをする教室のみなさんからあずかってきたものです。」
「物資の中に、ポーチの中に、パンツや靴下、裁縫セットなどの入っている袋があります。それは、ひとつひとつ手作りなんです。パッチワークのポーチです。これは200個ありますから、一人2つまでですが、みてください。」
そう皆さんの前で、ちょっと話させてもらってから、
「どうぞ」
急いで入って行く皆さんの後ろ姿。
ほとんど会話はありませんでした。
ものの5分
段ボール7箱分の衣類や新品のパスタオル、お盆やタッパー、ビニールや洗剤、ボールやお玉、鍋などのキッチングッズから生活用品、お風呂セットや化粧品もありました。
そして、手作りのポーチ200個
鞄、トートバッグ
筆記用具にメモ帳、付箋紙や鉛筆、ペンに塗り絵、カレンダー
たくさんたくさんありました。
ものの5分、10分
一つ残らずなくなりました。
ちょっとボーゼンの私。
あっとおもって「この後ヨーガするかたどうぞ〜」と。
みんな帰って行きました。
う〜ん。。。。
でも、4〜5名かな戻ってきてくれました。
また岩泉町から、わざわざはやの商店のスタッフさんやご近所のみなさんがどやどや。
合計17名がヨーガを。
明日の朝9時からと14時からはどうかな?(先ほど配ったチラシには書いてあるのですが)
仮設住宅に住まれている早野善彦さんと和子おばさんが言っていました。
支援物資はくるんだけど、最近はあんまりこないんです。
そして、たいてい余るんです。
申し訳ないけれども、みなさんも選んでしまうんですね。
これはいけないことですけど、余るんです。
でも、今日はひとっつも残らない。びっくりしましたあ。
それだけきれいで、思って準備してくださったんですね。
ありがとうございます。
そうおっしゃっていました。
・・・トリャンバカムのみなさんや、調和SHCのみなさんのことを思いました。
みなさんがきれいにきれいにパックしてくださっていたこと、
メッセージをそえてらしたこと、
みんなみんな伝わっているんですよね。
無言でらしたけど、きっと感じていただけたはず。そう思いました。
みなさん、ありがとうございます。
代わってお礼を述べさせていただきます。本当にあたたかなサポートをありがとうございました。
車中。そして200個のパッチワークポーチは、織物の先生寺崎慈子先生のお友達が手作りしてくださったものを託されていたのです。「ああ、よかった。よかった。うれしい。安心したわ。」と。
さてさて、「てどの蔵」。
「おそくなりました〜」
「まってましたよ」ずらり、手仕事人がそれぞれの仕事をされていました。
機織り・糸紡ぎ・草鞋・陶芸・木彫り
貫禄の図。
蔵の仕事場はいい空気。

「コレなんです。」「どれどれ。」


こちらが、岩泉の昔からの機織り。
東京の皆さんが織った裂き織りヨーガマットを紡ぎの工藤厚子さん、てどの蔵の工藤リセさんに見ていただきます。被災者の方たちの手仕事支援になるでしょうか?町内でやってくださる織り手はいますか?
素人が織ったものの品質に厳しい厚子さんの評価が気になるところでしたが、
「柄も織り方もバラバラなのがまた面白い。あれこれ考えずに、差し上げようと単純な思いで織られていることが素晴らしいことよ。一定の品質は必要だけれども、織り手にまかせたほうが面白いものが出来てくると思うよ。」との感想。
早速、リセさんが、心当たりの方に連絡をとってくださることになりました。ありがたい。
「明日また来て下さい。作り手さん同士で話をしてみてください。」
どうやらまず、こちらの織り手さんたちに織っていただけそうな感じになってきました。
そこからまた少しづつ広げましょうと。

私が「祝炭・いわいずみ」を命名しました!(澤口先生・国語教師。岩泉ネーミング賞をさしあげます。)炭はお水に入れれば放射能を浄化してくれます。


てどの蔵を出て、親戚の八重樫家(重要文化財級のすばらしい旧家)へお茶を。
いつも微笑みで向かえてくれる栄子おばちゃん。おばちゃんに会うと、3日間はおばちゃんの笑みの影響でにこやかにすごせるのです。語りのおもしろさ、微笑み、礼儀正しさは岩泉の鏡!「普通のおばあちゃんですよね。旅館の女将さんじゃないですよね」うーん。心遣いのカミサマです。
裂き織りの話になり、嫁さんの智子(サトコ)さんが、特注で作ってもらったバッグをみせていただきました。和紙に包まれていました。高価だったようで、夫婦の会話(「これ、しらなかったんですけどね」「え、あ、おほほほほー」)が面白かった。

岩泉の裂き織りバッグ。お見事っ!

この裂き織りのこたつ掛けは20年もつかっています。
本当にあったかであったかでございます。
すっかり陽も暮れ、キャンプサイトに戻ると7時。
夕食は無いので、お茶でものんで、さ、龍泉洞温泉に入りにいこ〜
・・・誘われていた龍泉洞脇にある炭焼き小屋で「怪しい男の会」へ。手仕事人と駄洒落先生と幻の酒?・・・を交わしました。
就寝12時過ぎ
もうだめ〜
無意識状態。
失格!の×マークをおでこに張られた気分。
ごーん
落ちた××
つづく・・・
23日(木)
22時新宿駅待ち合わせ
22時30分出発
「はじめまして。よろしくおねがいします。」
と交わす言葉は少なくも、互いを理解し合っている?ようなやさしい仲間があつまりました。
今回はなんと!大学生さん2人が参加、永井優貴さんと山口里那さん。時代にきちんと立とうとする、見にいこう!でもいい。そう決めて行動を起こしてくれた心に感謝。
6月24日(金)
7時頃盛岡駅到着 一息つきながら朝食。
8時 レンタカー屋さんがあいたぞ〜
あいにくの雨の中、盛岡駅出発 岩泉町へ。
この日の予定は
被災地に向かいながら、町のくらしを見る
被災地の現状を視察
夜は静かに今日一日の響きを感じよう。
見ることはとても大切な時間にしています。
情報が多様化し、皆さんはメディア映像でみていることでしょう。
しかし、あえて自分の目で見る時間をとります。
現地の方と話します。
暮らしと触れさせていただきます。
ちょっとだけ知って、町の人の目線で考えてみます。
これはボランティアをさせていただく前の儀式のようなもの。
作法かなあ。

途中の三田貝分校 道の駅で こんなバスを発見!龍泉洞のバスだあ〜
龍泉洞エピソードをお話したかしら?
龍泉洞は発見されて50年。そう、ことしは50周年。
幸いにも地震当日は館内点検で休館日でした。
人的被害も施設被害もありませんでした。
GWから営業を再開しています。
世界一の透明度を誇る龍泉洞。
それは鍾乳洞の中の地底湖が見どころ!
それはそれは美しい。
言葉にならないエメラルドブルー。
吸い込まれるような透明度で世界一。
龍泉洞
50年間、その美しい水は濁った事がなかった。
いつも美しく純粋で透明だった
・・・
ところが今回の地震で濁ったのです。
乳白色に。細かい粒子が降り注いだのだそうです。
とても心がざわざわとざわめいた。
不安になった。
瞑想の世界です。
美しい青が戻ってほしい。
今回は見学できるかな〜時間があればしましょうね。
龍泉洞に向かう途中、「スピンクラフト岩泉」を主宰する親戚・工藤厚子おばさんの家に寄ります。
今回の「織り織りのうたプロジェクト」がうまくいくかどうか鍵を握るのキーマンなのです。いつもは詳しく見たことがない工房を案内していただきます。



毛糸を茹でる釜。薪です。

染色のためのコンロ

岩泉町の手仕事人・工藤厚子さん。厳しくも温かい仕事に対する姿勢に「わたしもそうあるべき」と思わずうなずく。

美しい手紡ぎの毛糸に思わず手が伸びる。季節の一瞬の色。すべて地元の草木染め。


このあと雨の中、被災地沿岸を北から観て廻ります。
岩泉町小本〜田老町〜宮古市〜山田町

岩泉町 小本

宮古市田老町 万里の長城・巨大防潮堤があるところ

宮古市 鍬ケ崎

山田町 海側

山田町 山側
観てまわった被災地は地域差こそあれ先月よりずいぶんと片付いている印象でした。
しかし、どの地域もひっそり静かでと人影もなく、復旧に向けた動きはまだ全くみられません。
今後の復興に向けた都市計画法案やこれ以上の処分撤去、造成に向けた予算案が明示されない限りは、
このまま時間が止まったままで、何も進まないようにも感じます。
国県レベルの港湾・都市インフラ復旧整備計画を早急に進めるべきです。
自治体、民間レベルでの復興に向けた独自の一歩が踏み出せない状態にあります。
莫大な被災者の義援金保障はようやくこれから支給されるような遅さです。
これらに依存するしか無い今の彼らの生活力を考えると、時間の有余は無いはずです。
波音や浜風が心地よい美しい浜や港町がすべて廃墟のように放置された景色を見るにつけ、
行き場のない憤り、町が朽ちていき、そして人の希望も萎えていく猛烈な悲しみを感じずにはいられません。
つづく・・・


左胸の上にあった会社のラベルを丁寧に取ってくださいました。1枚のラベルを、布にキズをつけずにとるのは大変だったでしょう。「私は10分くらいですけど、友達は2時間もかかったんですよ〜。全然二人で楽しんでたんで大丈夫なんですけど。」そう笑い飛ばして語るのは前回5月の支援活動にご一緒した宮沢さん。それを7着も!喜んできていただけるでしょう。

夫婦で前夜のランプ会議。心の灯はともるかしら?被災地で、災害後力を落とされているおじいちゃん、おばあちゃんが、生きる役割…仕事を見出してほしいね。。。提案をどんな顔できいてくれるだろうね。自然にそうなればいいね…。私たちがこころからみ〜んなの微笑みを思えばそうなっていくよねっ。
「東北にこころの灯をともす会」
3.11東日本大震災以降ボランティアとヨーガの活動を「東北にこころの灯をともす会」として企画実施を試みてきました。
3月下旬には、情報は情報にすぎない。この目で『今』起きている事実を見つめよう。場に立って理解し、日本人全員が被害者であるのです。できるものが力を出す時だとわかった。
4月と5月には、皆さんからの支援物資を届けました。たくさんの会員さまから物資を預かりました。使う方々を思って物資を選び、包み、メッセージを書いてくださる方もいらっしゃいました。つくづく一体であることを知らされました。動けぬ者を動ける者が手助けしたらいい・・・ヨーガの力を生かそう、活かせる。それだけでした。
そして6月。3ヶ月が経ちました。また被災者の心は変化していました。被害者意識の増大は、時が経つほど大きくなるのでしょうか?物資配給でも、もう夢中です。勿論お礼の言葉はありません。お礼の言葉をいただこうとも思っていませんが、そういう事実が、ガンと心を打ちます。・・・どうしよう、ヒトのココロが閉ざし始めている!
(きっと、どうしても力が起きないんだよね。。。自然なことだ)
(「とことん甘えてしまえ」と、思ってしまうんでしょうね。。。。これだって自然なことかもしれないな)
(「いただき癖」がついちまってるよ。って山の人たちが言っていたな。海の人たち山の人たち・・・かあ。理解し合わなくちゃ。何かが壊れる前に。)
(今ワタシタチ、被災地以外二暮ラス者ガデキルコト。
本当二被災地ノタメ二ナルコトハナンダロウ・・・。)
ただ、物資を与えていても解決にならない。根本を転換しなくちゃ。
「幸せは、じぶん自身の心しだい。」
「ひとりじゃない。寄り添うこともだいじ。」
「生き残った者たちが亡くなった人たちの分まで存分に生きよう!」
これが今回の活動のメッセージ。私たちが常に胸に響かせていたサンカルパです。願いをもって、ただ現地に行ってきました。全然まったく受け入れられなければすぐ提案をやめようね・・・。そういって、静かにも強い意志を持って行きました。一緒に肌で感じ、力添えしてくださった方々です。
柳沢ゆき 様(トリャンバカム会員)
永井優貴 様(トリャンバカム会員のお嬢さん)
山口里那 様( 〃 →のお友だち)
寺崎慈子 様(『折り織りの唄』の織りの先生)
なぜ私たちは活動をしに行くのか。
人類全体の中で、バランスの崩れてしまった状態の場所
やヒトの苦しんでいるココロが見えるからです。
苦しんでいる。知っているわれわれも苦しくなる。
つまり、みんなが被害者だから。
動けない人がいたら、元気な力の在る者が補う。
これ、ヨーガでしょっ。
カラダに異変、窮屈があれば
元気なところから流れを送って全体を整えるんです。
すぐそこに、良い状態の、バランスのとれた幸せや幸福(例えば仲間・家族・夫婦・会社…)があったとしましょう。
遠いところに、良い状態とはいえぬ、アンバランスの崩れた、苦しい状況(仲間・家族・夫婦・会社)があったとしましょう。
苦しい中でがんばり努力することも大切ですが、
できるヒトが補えば、共にハッピーでのりきれるのです。
善いココロは、使えば使うほど疲れ知らず。
それどころか、どんどん力元気になれるのです。
慈愛に満ちた純粋な心が最も浄化作用を速めます。
全体のバランスを取っていくことがどんな時代であろうと、ポイントになるところだね。
自然の摂理(真理)といってもよい。
22日の前日は・・・
会員さまから飛び込み「支援物資」を預かりました。
丁寧に仕分けされ、パックしてくださったり、
また、ほつれは裁縫してくださったり
個人や会社のマーク、ラベルを解いてくださったり
着ていただきたい
「古くさいな」「解けているな」「このマークがなあ」といった悩みをもたせぬようなお心遣いをしてくださる皆様にはただただ合掌。他にも、毎週のようにお部屋を整理して持ってきてくださる方々、クラス受講ごとに寄付金箱にご寄付くださる方がいらっしゃいました。皆様のお心にお礼申しあげます。
集合期日:6月23日(木)
集合時間:22:00 (出発時刻:22:30)*遅刻しないでね〜
集合場所:新宿駅西口都庁大型バス専用駐車場
つづく・・・

今夜は、大学時代からの友人がやってきた。
だいぶ過ぎてしまったお誕生日
なかなか会えなかったね。
お祝い
happy birthday to you.
最近の話題に。
今、部活動の生徒さんたちと取り組んでいるダンスの話題。
全国大会の発表会作品の題材となった絵本を持ってきてくれた。
you tubeでみれるということで鑑賞した。8分間。
・・・・
おもしろかったのでご紹介です。
you tubeに入り、タイトルは「father and daughter」をみてくださいませ。(リンクができませんでした)
これを題材にしての表現だといいます。
・・・どんなダンス作品ができるのか?
高校生の生徒さん方が作るという。
全国高校大学ダンスフェスティバルまであと約1ヶ月。
楽しみにしています。
Om
















