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11.05.06

Category { お知らせ }
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ヨーガは二つの車輪を同時に廻し、
確かな歩みを続けるのです。…気づきを常にもって。
その車輪は
ヨーガ実習(アーサナによるカラダとココロの修養)とヨーガ哲学を学ぶことです。

シヴァーナンダさんの言葉<br />
「あらゆるものの中に神が存在していることを自覚しなさい。」

シヴァーナンダさんの言葉
「あらゆるものの中に神が存在していることを自覚しなさい。」


シヴァーナンダさんの言葉<br />
「あなたの義務はただ一つ、真理を悟ることです。これは人生のすべての義務を含んでいます。」

シヴァーナンダさんの言葉
「あなたの義務はただ一つ、真理を悟ることです。これは人生のすべての義務を含んでいます。」


眠れない人の夜が長いように、正しい真理を知らぬ者には、生死の道のりは長い。(ブッダ)
心は動揺し、軽々しくざわめき、欲するがままに赴く。護り難く制し難いものです。叡智ある人はこれを直くし護る。護ったならば安楽をもたらす。二つの車輪によって修養するのでしょう。ヨーガの実習に加えて学びたい人を募集しています。

内 容:「インドの叡智」に学ぶ
    (受講修了証が発行されます。)
    ※養成コースの単位でもあります。
講義日:5月13日(金)より隔週金曜日(月2回)
時 間:午後19:00〜20:00(60分)
場 所:喜多見地区会館(喜多見駅より徒歩3分)
受講料:3500円/1回または9000円/3回連続
申込み:Eメールにてお申し込みください。
    info@yogalifesoc.org
51D2E99F7NL._SS500_


11.05.06

Category { サット・サンガ }
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2011.4.13.ポストカード日本
盛岡から岩泉へ車で約2時間の旅。
窓越しの景色が美しく厳しい。隙のない美しさ。
岩泉は日本で一番の寒さを記録する地域。雪が多く、木々が倒れている。オノオレカンバという樺の木は斧が折れる程硬いところからその名がついているという。ぐ〜んとしなって撓んでいる。夏になるとピ〜ンと真っ直ぐにもどるのだろうか。いずれにしても、弱い樹木が冬毎に自然の力によって伐採される姿を見た。

その夜は、もの凄い春一番が吹き荒れた。
聞いたところ、岩泉町の地形柄毎年かなり強く吹くとのこと。
「それにしたって、昨夜のは凄かった。ここ数年あんな風はないですよ。」と、局長さん(岩泉郵便局長さんをされている親戚の重徳さん)。
翌朝、冬の雪から、今度は春の風によって押し倒されている木々や草木。つかの間であった桜の花の儚さを見た。(人の作るキャンプ装備のモロさも見た。)

海を見た。どこまでも静かで青く続いていた。なんて大きくみごとないのちの海。まさに生命を宿す偉大な母のよう。穏やかで強く、やさしい。

はっとした。岩泉の龍泉洞の地底湖が濁ったという。絶対に濁ることのない世界一の透明度を誇る龍泉洞の地底湖が濁ったのだ。心が少しさみしくなった。
…にごってしまった。地の奥底の水が、濁ってしまった。

言葉が響いてきた。

「屋根を粗雑に葺いてある家には雨が漏れ入るように、心を修養しないならば、情欲が心に侵入する。」
「屋根をよく葺いてある家には、雨の漏れ入ることがないように、心を修養してあるならば、情欲の侵入することが無い。」
今、『心』を、まるで子供を育てるように修養しなくては!ほったらかしていたら、雨漏りがして濁ってしまう・・・龍泉洞の濁った乳白青色に観想した。

「・・・この世のものを浄らかだと思って暮らし(自分の身体が自分のものだと思って美しくよくありたいと願っている)、眼・耳・鼻・口・皮膚といった感覚器官を制御できずに(見聞きしたことを自分のものとしようとして)、食事の節度を知らず欲望の思うままに(手に入りやすい欲望から満たそうとする)、怠けて勤めないと、弱い樹木が風に倒されるように、打ちひしがれてしまうだろう。」岩泉の倒木とリンクした。

「・・この世のものは不浄だと思って暮らして(儚い移り変わる不浄なものと理解して)、感覚器官をよく制御して(気づきに満ちて理解し)、食事の節度をしり、信念があって、勤め励むなら、岩山が風にゆるがないように、(あるいはオノオレカンバのように)打ちひしがれないだろう」。三陸の岩山とリンクした。

海の波は海の一部で、波は海でいないことを知るように、揺れ動く心の波をよく修養しよう…
鳥の鳴き声のように、泡沫のようなこの我が身と知り、かげろうのような儚い本性のものであると悟ろう…本当を、真実を見つめ受け入れる第三の眼(トリャンバカム)を開く時がいている。三陸の海や龍泉洞の濁った地底湖がリンクする。

花摘に夢中になっていては、死がさらっていく
眠っている村を洪水が押し流していくように…

津波によって全てを失った人々。それを知る人。知る?本当に知っているのかな?テレビや情報、言葉のやりとり、頭での理解で知った事になるのだろうか?
1000年に一度といわれる歴史の最中にある人類のうち、どれくらいの人々が、本当に「今」という時代を体験したのだろうか。

今に「在る」。
この時代に生まれた我々が「生きること」を実体験しようとするなら、それは、「今」を理解することなのか。
理解は真理を見出していくだろう。・・・いえ、或いは見出せない事実と向き合うかもしれない。いずれにしても「在る」ことを理解し、実体験することが大事。「生きること」への理解が大事。見聞きすることでは生きていない。ここに「在る」ではない。

そんな思いが私の中にたゆたう今です…理解に向かっているような、いないような…

黙々と復興作業をする人々、できない人々…
おそらく生きていられるあと数十年の間には、かつて当たり前だった毎年の、親戚一同集まって、ご馳走を囲む日はやってはこないだろうと覚悟している人、それに気付き、共に歩む人、何とかしようと動く人、気づかぬ人、ねむる人。いろんなところどころでの環境と、人の心。
黙々と、ただただドロを洗い、洗う。また翌日も洗う、洗いを続ける人。
黙々と、ただただドロを掻き出し、掻き出す。また翌日も掻き出す、掻き出しを続ける人。
黙々と、ただただ瓦礫を運び、運ぶ。また翌日も運ぶ、運び続ける人。

「な〜んにもやる気がしないんだあ」「少し静かにして欲しい」
「あたしんところにはだ〜れも見舞いにもきてくれないんだ」
「あたしたち、ぜ〜んぶないんだ。足りないよ。少しだけくれてもね…みんなの分くれないかなあ」

全ての人々が一日のおしまいにふう〜と息を吐き出し、眼を閉じて、その先の最後で静かに微笑むことがでいたらどんなに平和なことでしょうか。
平和でありますように。
理解が平和を包みますように。
真理の眼が育まれますように。

Hari Om tat sat..

toko..


11.05.06

Category { トリャンバカム・ヨーガ・センター盛岡 }
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初めてでも「悠遊」の織物の先生、寺崎慈子ママが丁寧に教えてくださいます。

初めてでも「悠遊」の織物の先生、寺崎慈子ママが丁寧に教えてくださいます。


お盆に向けて織り進めます。一人でも多くの方にヨーガを体験いただきましょう〜

お盆に向けて織り進めます。一人でも多くの方にヨーガを体験いただきましょう〜


カルマ・ヨーガ(奉仕)活動 「こころの灯をともす会」
〜手織りヨーガ・マット製作 作業員募集〜
<5月の作業開放日>
時間:11時ー16時 間であれば自由に好きな時間に作業ください。
日程:5月:9(月)・10(火)・11(水)・12(木)・16(月)・17(火)・19(木)・21(土)・23(月)・24(火)・31(火)/

場所:ニット&健康カフェ『悠遊』
アクセス

ニット&健康カフェ『悠遊』 
持ち物:ボロ布 できたら割いたものを準備しておくとすぐに織りができます。
申込:初めての方はメールまたは、fax(03-6304-6372)迄。要申込。2回目以降の申込は、「悠遊」にあるノートへ作業希望日を記入ください。事前に予定がたたない方は、再度早野まで予約をお願いします。織り機が3台、他の作業に3名程度ですが、多数の場合、日を改めて頂く事もあります。    
昼食の予約:前もってお願いします。酵素玄米の菜食(500円と1000円)セット、心のこもった安心ごはんも出してくださいます。
こちらは1000円のランチ。500円は酵素玄米+味噌汁+お新香と1品

こちらは1000円のランチ。500円は酵素玄米+味噌汁+お新香と1品


<機織り人 寺崎慈子先生よりメッセージ>
 被災者へ、使ってもらいたい思いで織りますが、織りによって織る自分自身も癒されるのよ。この災害でテレビに釘付けになって、理由もわからず緊張していたりドキドキして、マイナスの影響を受けていた方もいらっしゃるでしょう。ただ織るだけ、無心で織る。。。横糸を通す、繰り返し繰り返し・・・是非、織られたらいいです。そして、もし興味がわいたら、その時はまたお話しましょう。

{材料のボロ布だけでも募集!}
相当な料が必要です。
割いた布をご用意いただくと嬉しいです。
布の咲き方は、紐状になるよう、幅2~3センチを右からと左からと切りきってしまわず繋げていきます。
七夕飾りのようです。
できた紐は、大きな玉ですと作業しにくいので、拳位の大きさにまとめます。
R0015614
R0015615


11.05.06

Category { サット・サンガ }
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久しぶりの我が家での朝食。何も無かったのに、なんとかなりました。畑でとれたとの蕗。とれたての筍。岩手の胡桃で作った胡桃味噌。三陸のアオサ等等。

久しぶりの我が家での朝食。何も無かったのに、なんとかなりました。畑でとれたとの蕗。とれたての筍。岩手の胡桃で作った胡桃味噌。三陸のアオサ等等。


いつもの朝が始まりました。一切疲れはありません。それどころか、一層今朝は気持よく座れました。アーサナによってエネルギーも満ちます。
冷蔵庫の中を空にして岩手へ行ったので、昨日の朝、調布の畑のおじさんが「今採ってきてやるぞ〜」と。新鮮な100円の蕗でシアワセ。サッとゆがいておいたので、とろろ昆布を添えて生醤油でいただきます。また、千葉の白木の里山に帰っていったさと子アナ(今回の支援活動に参加)から、掘りたての筍が届いたのでっす!早速炊きました。今日、こうして食事を沢山頂けることになったご縁に感謝!不思議です。助かりました。
R0015949
R0015953R0015951

昼は蕗の葉を皿にしてカレーピラフ(炊き込みごはん)です。コレを食べたら、片付け!たっぷりダンボールがとどきました。岩手でのキャンプ道具や持ち込んだ食材、洗濯物がぎっしりの5箱!ひゃ〜。片付けだなあ〜。ここまでが大事なのだあ。物の、片付けと、頭の中も「振り返り」をしようとおもいます。支援いただいた皆様へ、今回のご報告をすることも。とてもとても大事なこと。発信によって、働きはまた力となっていくでしょう。こうして今日もあっという間におわるのでしょう。。。

干しぶどうにナッツ類、林檎にピーマンとフルーツ中心になりました。チャイと一緒に。

干しぶどうにナッツ類、林檎にピーマンとフルーツ中心になりました。チャイと一緒に。

今日の力について・・・
今日の力は、今日の力です。
昨日の力の残りが今日に反映されたり、
明日の力の一分が今日に反映したりしないということを、どうですか?そう思いませんか。そう、私たちはそれを知っているはずです。
ですから、被災地の皆様へ…
今日の力を見ましょう!
今の湧き起こるちからを感じましょう〜!

こんな「真理のことば」(ダンマパダ)があります。
「努め励むのは不死の境地である。怠りなまけるのは死の境涯である。努め励む人々は死ぬことがない。怠りなまける人々は、死者のごとくである。」
少し、厳しいようですが、現地では、傷ついた恐怖と深い悲しみから、「な〜んにもしたくないんだ」と力を落としただ横になっている人に会いました。また、同じ環境でも、黙々と、果てなく続くであろう片付け作業をされる人々もみました。ご高齢でしたから、きっと残す生きている数十年の間に、以前と変わらぬ生活がおとずれるかどうか。。。それでも黙々と「今」を成していました。
耐え忍び、努めて励み、それを喜びとすれば、いつもシアワセでいられます。

今日の力に喜びを感じていきましょう〜!
そんな事を思った今日のごはんでした。