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18.10.16

Category { 教室トーク }
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主自身、慎ましく、献身的で、純粋な人の心で、自分の座席を求めています。

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 アーサナとは英語でポーズ、日本語では体位、姿勢ですが、サンスクリット語の意味には「坐ること、休息する、住まう」あります。坐法、坐ること、住居です。
 身体の緊張を取るのがアーサナです。日常はたいへんな緊張の連続です。ヨーガのアーサナは頑張ってしたり、挑戦したりするなら、それは緊張です。アーサナをする意味は休息することであり、落ち着いて座ることであり、安らかな安住の土地で暮らす住居のようである状態です。

 いつも謙虚に、献身的に、純粋な心で尽力している人のところに、主は座席を探しているという言葉です。
日常生活は、ちょっと配慮して意識を内側へ向けておかなくては、目に見えるもの、聞こえてくるもの、接触しているものや状況へすぐに覆われてしまうからです。

 ところで、ヨーガとは調和です。二つを調和させる、結びつける、和合という意味です。いったい何と何を結びつけるのでしょう。
古代人はこう考えました。
「馬と馬車を繋いで(結びつけて)神様に降りてきていただく」
そして、その行為、つまり一心に念じる。
まるで馬と馬車を繋いで馬を上手に制御するように、感覚器官や心をコントロールして三昧という深い境地へ入ることをヨーガだと言いました。(カータカ・ウパニシャッド)

 ヨーガとは何か、「これをヨーガと言う」と説明した最初なので、これをヨーガの起源とする説もあります。

 ヨーギー、ヨーギーにのみなさまへ!
 朝のはじまりに、忙しくも尽力したい毎日だからこそ、まずは「ここから」。座席で一服する時間を持ちましょう。ほんの少しでいいからという慎ましく、献身の心で、純粋に向かいます。
 目を開けたら、今日へ!


18.10.15

Category { 教室トーク }
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苦しみは浄化し、神に向かってマインド(心)は変わります。
*素敵なピタっと訳のご提案!お待ちしております。
 ヒンディーからの解釈によって変わると思います。

ヨーガ、調和。
「ヨーガは自動装置のようなものだ」とスヴァーミーが講話でおっしゃっておられたなぁ〜。
ヨーガのスイッチをON!
ヨーガの集中と同時に浄化が流れるように起こり、本来の純性が顕になるのだと。

集中は…ただひとつ。大いなる母、源、原初、神へ!
階段を登るとき、
山を登るとき、
そこに大地が、道があるように
杖があるように
触れているものがあり支えられています。

ハタ・ヨーガはいま接触していること、身体や呼吸に常に触れています。
触れている
感じている
有る 在る ある
…………

存在している ある が
どんな風に ある と…自動的に体験されますね〜

……

さあ、ヨーガのスイッチをON!
今日へ!


18.09.29

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インドの苦行者(タパッシー)

インドの苦行者(タパッシー)

第1部『いまに生きるインドの叡智』(善本社 成瀬貴良著)
本時内容:9/28日 アシュターンガ・ヨーガ〜の2番目〜8番目まで
《2番目:ニヤマ》
自ら進んでやってくださいという教えです。勧める教え、自ら勧んで行なう、より積極的な戒めです。

・ヤマとニヤマ、同じ戒めでもニヤマはより積極的な戒め。
母と子:小さな子に言うお母さんの言葉が例に挙がりました。
・ 戒めを伝統的な視点から、また日常的な視点から見ることや
戒めを 受け身で受け止めるか、積極的に受け止めるかで変わってくる話もありました。

ニヤマもヤマも「ヨーガをしていると、自然にだんだんそうなっていく。負け惜しみや無理やりそうするのではなく自然にできるようになるといいます。」というお話がありました。

《3番目:アーサナ》
スティラ スカン アーサナム(『ヨーガ・スートラ』2章46節)
アーサナの条件が身体と心の両面からはっきり示されている一文です。
しっかり安定した快適なもの、それがアーサナ。(身体面)
心はを大いなる無限なものに集中させている。(心)

⇒ヤマをまもり、ニヤマをまもり、そして「緊張を取る」のがアーサナ。
・緊張を取るのが目的で、難しいポーズいかんではない。
・リラックスするということで、形から入る「禅」との違いも話題になりました。

《4番目:プラーナーヤーマ》
生命を維持する根源的なエネルギーであるプラーナをアーヤーマする。
・コントロールではない。
・心と身体の架け橋
・瞑想の入口
・ハタ・ヨーガのプラーナーヤーマとは異なる。

《5番目:プラティアーハーラ》
・環境と心という2つの感覚器官に影響を受ける。影響を受ける感覚器官をなくしていきます。難しい。
《6番目:ダーラナー・7番目:ディヤーナ・8番目:サマーディ》
・アシュターンガ・ヨーガの内的部門。
・ここから先は、自然に入っていく流れのよう。ひとつひとつに区別のあるものではありません。

ダーラナ:長時間、高度に集中させること。短時間、雑に集中するのと違い難しいです。

ディヤーナ:集中したのがずっと深まっていくのがディヤーナ。禅のこと。瞑想。そうとう深い瞑想状態。

サマーディ:瞑想している自分は消滅し、対象だけになり、自分と対象の区別がなくなった状態。

まとめ
瞑想へのアシュターンガ・ヨーガ。瞑想の順序としてはわかりやすいのではないでしょうか。ただ座っていい気持ちでは瞑想にならないですね。研ぎ澄ませて、細くして、とんがらせてサマーディへといきます。

『インドの叡智』Q&A
Q1.タパスがハタ・ヨーガで禁止なのは?
→身体を疲れさせてはいけないからです。プラヤトナ(疲労)。
Q2.感覚器官の制御ですが、感覚器官は使っていなくても、感じる
ことをしているのですが…。
→目はとじているので感覚器官は使っていません。意識だけを
使っています。
Q3.資料で見せていただいた写真の人たちはどのあたりにいるので
すか?
タパッシン、苦行者です。
苦行しているのだから出て来なければいいのにお祭りにな
ると出てくるんですね。こういうことをしてインドは生計が成
り立つんですね(笑)。
いろーんな人がいます。シヴァの格好を真似するんですね。
日本でいうとゆるキャラみたいです。身体に灰を

苦行のための苦行になってしまうんですね。悟るための苦行で
はなくて、苦行のガマン大会のようになってしまう…だからお
釈迦さまは苦行では悟れないと言って止めたのです。

第2部『バガヴァッド・ギーター』(配布資料に沿い学習しています。)
本時内容:9/28日 第3章は行為のヨーガ(カルマ・ヨーガ)第3章25節〜35節

3−25
・行為は自分のための行為ではない。
・自分のための行為と執着するような無知になるな。
・自分の行為の意味するところ(与えられている義務)、行為の根源のみを思い行為しなさい。
3−26〜29
・他人に説いてはいけない。
・自分は執着から離れて(自分のためという心から離れて)行為するのみ
・人を混乱させてはいけない。他者の幸せを絶ってしまう。
3−30〜32
・クリシュナを思い、クリシュナに捧げる行為をしなさい。
バクティ・ヨーガとカルマ・ヨーガの両方を説いています。
3−33〜37
・プラクリティには逆らえない。
・好き嫌いは執着と嫌悪。煩悩。源は無明(アヴィディヤー)。
・煩悩に惑わされずスヴァダルマ(真実の自己の本務)をしなさい。
・よく見える人の義務を真似したり思ったりする必要はない。幸せに生きることではない。恐怖を伴う。
・足元をしっかりみて義務をしなさい。
・欲望と怒りはプラクリティの質、トリ・グナだ。

『バガヴァッド・ギーター』Q&A
Q1.プラクリティの感覚器官はプラクリティには逆らえないから抑制してなんになるのかと書いてあります。
瞑想ではプラクリティを抑制します…?
→サーンキャ哲学は瞑想によってプラクリティをなくしいくことをいう哲学です。『ギーター』は哲学を伝えていません。わかりやすく混乱している者に幸せに生きる道を、バクティーの道を説いています。その哲学はヴェーダンタやサーンキャを混ぜこぜで説いていますので、哲学面はいろいろ取り込まれています。

Message
『ギーター』の中にはこころに響くものが時々出てきます。
ここでの解説=コメントは私が書きましたが、みなさんも書いていいんです。本文を読んでそれぞれに書くと良いですよ。

その他
10月21日(日)ヨーガワークショップ【ヨーガ身体観①チャクラ】があります!
詳細はこちらより

次回は10月16日(金)
続きから勉強します。
少しづつ進みますので、頭でっかちになる手前程度の1時間。
一ヶ月に一回ペースですから、復習が十分にできます。

『ギーター』を読んだことがある人も、この講座で熟読しませんか。
サンスクリット語からの訳で原点に返ったところからの解説です。英語訳からの解釈と変わることもありますよ。
解説は成瀬貴良先生。独特のまっすぐで色付けや推測のない解説です。
同時に読み進める、インドやヨーガ全体を知る著作『インドの叡智』の授業が、『ギーター』が書かれた頃の時代背景やヨーガ全体の中での存在位置も理解できてしまうどこまでもやさしい環境で学べる学習会♪

■毎月第3週目(金)
■13-15時
■喜多見地区会館
■要申込
info@tryambakam.jp

Tryambakam Yoga Center


18.09.28

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第3章 カルマ・ヨーガ
今月(8月)は第3章10〜25節でした。

3-10
・プラジャーパティについて
創造神です。何かを創る神様。人間を創ったのもプラジャーパティについて。
a)ヴェーダの時代は→インドラ(雷神)、サヴィトリ(太陽神奨励)、ソーマ(酒の神)、ヒラニヤガルバ(太陽神金色の胎児)らのことをプラジャーパティと
b)バラモン教時代はブラフマーのことをプラジャーパティと
c)プラーナ文献では10人の聖者をプラジャーパティと
→ プラジャーパティは→「時代によって違うんですね。」

・如意牛について
→ごちそうや兵隊さんとか、何でも出してくれた如意牛。確か、ヴァシュシタという聖人の持ち物。

3-11 祭祀とともに人を創られた
→つまり、そもそも人は祭祀をするために作られた。だから、祭祀をしなさい。それは神を繁栄させること。

3-12 (11節を受け)わたしたちが祭祀をすると、神様は食べ物をくれる。その、するべき祭祀とについて
→バラモンさんがする祭祀ではなくて、行為の本源(もともと人が創られた意味、生まれた意味)のことを言っている。それは「祭祀とともに人を創った(3−10)」なので、私たちの行為のことをここで祭祀と言っている。

3-14 祭祀をする代わりに与えられる食べ物について
→食べ物は雨によって生育する。
その雨は雨乞いなどの祭祀から生じている
だから、全てが祭祀をする人の行為から生まれている
故に、行為しなさい、つまり祭祀をしなさいと強めています。

3-15 節の「行為はブラフマンから生じる」と、「ブラフマン
は不滅から生じる」という2つのことばで使われている
「ブラフマン」の違いを知る必要があります。
※哲学的には、サーンキャが出てきたり、ヴェーダがで
てきたりします。

<Q&A や感想>
とくに質問は出ませんでした。
私たちが疑問を持つ気持ちと同様に、ここではアルジュナが問い、細かくクリシュナが応答してくれています。クリシュナの説明で私たちも納得させられているのかもしれませんね(笑)。

次回は9月28日(金)
続きから勉強します。
少しづつ進みますので、頭でっかちになる手前程度の1時間。
一ヶ月に一回ペースですから、復習が十分にできます。

『ギーター』を読んだことがある人も、この講座で熟読しませんか。
サンスクリット語からの訳ですから、英語訳からの解釈と変わることもありますよ。
解説は原点に返ったところからなされる、成瀬貴良先生独特のまっすぐで色付けや推測のない解説です。

■毎月第3週目(金)
■13-15時
■喜多見地区会館
■要申込
info@tryambakam.jp

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